その紅い月の光景を最後に、ふたたび映像が途切れた。
今度はさきほどとは違い、光景は虫食いのように徐々に侵食されて完全に消え、あたりは漆黒の闇に戻る。
……おそらく、あのあとは完全に鬼と化したために、記憶の「在り方」が人間のようなはっきりした記憶とは異質となったためだろう。
「……!!」
気がつくと、前方の闇の中に一つの人影があった。
王鬼かと思い身構えるみのり。
だが、その予想は半分正解、半分はずれだった。まったく言葉どおりの意味で。
静かにたたずむその者の右半身はたしかに悪鬼のものだったが、首から上と左半身は壮年の男。
まとう衣服は先程の映像でアテルイが来ていたものと似た民族衣装だった。
"……見たのか。己(おれ)の記憶を"
憂いを秘めた表情で、男性は静かに問う。
「……うん。あなたは、王鬼? その姿は……?」
"いかにも。妖刀に鬼の半身を削られたことで、このような姿となっているが、己は間違いなく先刻まで御前達と闘っていた王鬼だ"
「そう……その姿からして、あなたは末裔とかじゃなく悪路王そのもの、モレ……さん、だったんだね。ちがう?」
"……その通りだ。その名はとうに捨てたが、な"
聞き返したみのりに、かつてモレと呼ばれていた男性……悪路王は、静かに答える。
会話が可能であることを確かめたみのりは、警戒しながらさらに続ける。
「……驚いたよ。悪鬼の親玉がもともと人間だったなんてね。……やっぱり普通の悪鬼も元は人間なの?」
"ああ。この世に強い未練を残し、なおかつ負の感情に囚われた死者の魂の成れの果て……それが悪鬼だ"
「そっか……。私が斬ってきた悪鬼も、みんな昔は人間だったんだね……」
たとえあらかじめ知っていても、今は人に害をなす悪鬼となってしまった後なのだから斬ることは変わりないだろう。
だが、絶対悪の存在とみなして斬るのと、かつて人間だったことを知りながらやむを得ず斬るのとでは、やはり心情において異なる。
結果的には同じことだが、みのりは今更ながらぼんやりとした後味の悪さを感じた。
"御前が知らなかったのは無理もない。数百年前からの仇敵である妖刀でさえ、我らをただのバケモノとしか認識していなかったのだからな"
「皐月雨も? ……そういえば」
みのりは皐月雨が言っていたことを思い出す。悪鬼との闘いは生存闘争……“異なる種同士の”生き残りをかけた闘いだと。
"昔と同じだな……。相手のことをよく知りもせず、“ただの悪”と決め付けて攻撃する"
「……それは……」
"小娘。御前の意志を尋ねよう。御前はこの事実を知って、それでも我を斬ることを“正義”とするのか?"
「……!」
偶然か意図的か、悪路王の口にした“正義”という言葉にみのりは反応し、黙る。
……が。
「……うん。それでも」
"!"
「それでも……私はあなたを止めるために闘う。それが間違ってるとも思わない」
みのりは顔を上げると悪路王を見据え、きっぱりとそう答えた。
「あなたやあなたの一族の境遇には確かに同情するし、侵略を正当化するつもりはないよ。……でも、やっぱり。“今のあなた”は間違ってる」
"ほう?"
みのりの断言に悪路王は興味を示し、続きを促すような相槌をうった。それを確認したみのりは言葉を続ける。
「だって……“自分達の一族が虐げられたことへの復讐”って言えば聞こえはいいけど、実質はあなたの自己満足にしかならないんじゃないの?
あなたの一族の子孫は、もっと前向きに生きてるんじゃないかと思うんだけど」
"む……"
「まあ、過去のことだから忘れろ、なんて偉そうなことは言えないよ? あなたの無念がどれほどか、完全に理解できるなんて思い上がりもない」
みのりは知っている。人の気持ちは察することはできても、本当の意味で理解できるのは同じような経験をした者だけだということを。
「……でもね」
そして、みのりは知っている。その上でなお、揺るがぬ答えがあることも。
「少なくとも。たとえもともと被害者だったとしたって……感情に任せて暴れることに、正義なんて一つも無い」
"……迷いのない回答だな。たいしたものだ"
みのりの答えを聞き、悪路王は何故か満足そうに言う。
だが、みのりの言葉はまだ終わっていなかった。
「それに……本当はあなた自身、もうわかってるんでしょ?」
"何?"
意表を突かれた悪路王は、おもわず全く無防備に聞き返す。
「あなたは現代の人間と同調して理性を取り戻したとき、自分の過ちに気付いていた。
“決闘”なんて闘い方を選んだのも、私に自分が人間だった頃の記憶を“わざと見せた”のも、そのせい」
"……!!"
「そしてあなたは、……あなたの理性は、誰かに自分を止めてもらいたい、と願ってる」
"……そこまで見透かされていたとはな。まったく、本当にたいした小娘だよ、御前は"
みのりの容赦のない的確な指摘に、悪路王は苦笑すら浮かべた。
「どう? 私の言ってること、間違ってる? 間違ってたら取り消すけど」
対するみのりもにやりと笑う。雰囲気から、目の前の男は少なくとも話の通じる“人間”だと、そう感じられたから。
"……ふ。そうだな。己は怒りに呑まれて我を失い、闇雲に暴れていたにすぎん"
自嘲気味に認める悪路王。
"わかっていた……。もはや、復讐など意味を成さないことも……。そして、区別なく人に憑くことが、復讐にすらなっていないことも。
……お粗末な話だ。一族の無念を想ったがために鬼となっておいて、その実は理性を失い、見境なく人々を苦しめていただけなのだからな。……その中には、一族の生き残りの子孫もいただろうに"
それが、悪鬼となった者の末路。本来守るべきものすら判別できない、哀しい"バケモノ"。
「……そこまでわかってるのに、なんで他人に止められるのを待っているの? 間違ってるとわかってるなら、自分自身を止めることだって……」
"……そ、うだナ。それは、正論、ダ……ッ!"
突然、悪路王は苦しげに顔を歪める。
「……!?」
みのりは今になって気付く。さきほどは悪路王の右半身だけだった悪鬼の部分が、彼の人間の部分を侵食していることに。
"ダが……おレの精神は、もはや憎しミに囚われ、変質しキってしまった。……一時的ナ理性だけでハ、完全に止めルことはデきなイのだ……"
鬼の部分が、悪路王の右頬から顎にかけて広がっていく。やがて右目の瞳が変質し、青白い光を放ちはじめた。
「そんな……手遅れだって言うの!?」
"……小娘……イや、みノりといったカ。オ前の“正義”、シかと聞かセテもらッた。見事な強キ信念よ……御前ハおれノ歪んダ憎シミを論破シてくれタ"
はじめて、悪路王がみのりの名を呼んだ。それは、妖刀の主としてだけでなく、みのり自身を好敵手として認めた証。
「……当然。私は“正義は自分自身の中にある”が持論だからね。私は、自分でも納得してない理屈にすがるあなたになんて、負けるつもりはないよ。絶対に止めてみせるんだから」
みのりは悪路王の望んでいることを感じ取り、身構える。
悪路王は、悪鬼の部分に侵食されつつある顔の左半分……もはや左目周りぐらいしか人の部分が残っていない顔に、感謝のこもった笑みを浮かべ、言い放つ。
"ナラバ……!アトハ、ちからデおれヲ討チ倒シテミロ、ミノリ!!"
それを最後に、悪路王の頭はほぼ完全に悪鬼の部分に支配された。
理性を司る頭が支配されたことで、まだ人の部分が多く残っていた左半身はあっという間に侵食が進み悪鬼のものと化し、膨らむように巨大化する。
その姿はまさに闇の化身。漆黒の巨大な鬼が、みのりの前に立ちはだかっていた。
悪路王は瞬く間にその巨大な手でみのりを地へ押さえつける。……そもそもが精神世界、しかも闇に包まれているのだが、みのりは不思議と上下感覚がはっきりしていた。
「ぐッ……!」
みのりはもがくが、ゆうに彼女の胴体を鷲掴みにできるような巨大な手に押さえつけられては、身動きはできない。
"……己ヲ、倒シテミロ……デキルモノナラ"
悪路王が鬼の声で言う。
「……理性はなくしたくせに、しゃべる知能は残ってるなんて、……最悪だねっ!!」
みのりは強く意識を集中し、悪路王に気迫をぶつける感覚をイメージしつつ言葉を放つ。
それは、はっきりいって直感で思いついた行動だった。だが、みのり自身の精神世界において、それは確かな意味を成す。
言葉を発した瞬間、みのりの身体はまばゆい光を放つ。
"!?"
それは悪路王を焼き焦がし、みのりの精神世界を覆う闇を突き抜ける一筋の光の矢となり真上へ飛翔する。
……が、それは暗黒の空に吸い込まれるに留まり、また悪路王のダメージもたいしたことはなかった。
"……単独デモ少シハようりょくヲ操レルヨウニナッテイタカ。マッタク、末恐ロシイモノダ"
「ようりょく……妖力? そうなんだ、教えてくれてどうも」
みのりは勝気な言葉を返しつつも、これ以上攻撃で力を消費するのは厳しいと感じていた。
自分の身体を覆い守る光を維持するので精一杯なのだ。
"ダガ、弱イ。ソノ程度デハ、己ヲ倒スナド到底不可能ダゾ?"
(無茶言うなってば……!)
心の中で悪態をつくみのり。本格的に自身で力を練り、操る修行をしていた者ならまだしも、彼女は皐月雨の影響を受けたことでたまたま少し使えたに過ぎないのだ。
"御前ノ精神世界ハ、完全ニ我ガ闇ニ覆ワレ……御前自身モ、おれニ動キヲ封ジラレタ。サア、ドウスル? おれニ存在ヲ乗ッ取ラレタクナケレバ、モット足掻イテミセロ!"
足掻けと言われても、みのりは仰向けに押さえつけられて身動きできず、自分と悪路王の真上の、闇に包まれた空を見ることしかできない。
「……!」
そのとき。みのりは、“それ”に気付いた。
「……“完全に闇に覆われ”てるって? 何言ってるの、ちょうど真上から光が漏れてるよ?」
言われて悪路王も上空の光点に気付く。それは、さっきみのりが放った光の矢によって、空を覆う闇に開けられた小さな隙間。
"……クダラヌ。アンナチッポケナ隙間ニ、ナンノ意味ガアルトイウノダ?"
「……知ってる? 強化ガラスって、一つ傷がつくだけで一気に割れるんだって」
――空気が、かすかに震える。それはまだ、誰にも知覚できるものではない。
"……ハ?"
「わからない? じゃあもうひとつ。……ひよこが卵からかえるとき、親鳥はひよこが殻を破って出てきやすいように、外からヒビを入れて手助けするらしいよ」
――震えは、かすかな音となる。それはまだ、息を殺して耳を傾けなければ聴こえないほどの小さな音。
"ナニヲ、言ッテイル?"
「要するに……。あんな小さな隙間でも、“きっかけ”としては充分、ってことだよ」
――その音は、次第に強くなる共鳴音。やがて鬼すらも必ず気付くほどに大きくなる。
……少女は、最初から知っていたけれど。
"キッカケ、ダト? ……! コノ、音ハ……!?"
「たとえば……」
――共鳴音は、暗黒の世界に高らかに鳴り響く。
いつしかまばゆい輝きを放つようになった、頭上のただ一つの光から。
"……マサカ?!!"
「“外から打ち破るとき”とかね!!」
――そして。
その、みのりによって作り出された小さな隙間を中心として、世界を包みこむ“完全な闇”が破綻(はたん)する。
まず最初に知覚されるのは、円が広がるように消し飛ぶ闇。
その次に……凄まじい速さで迫りくる、視界一面に広がるほどの巨大な光の塊を見て、それが闇を消し飛ばした原因と知る。
だが、それではもう遅い。
"ウ……ウオオォォォーー!?"
光は悪路王とみのりに直撃する。悪路王は苦しみ、死に物狂いで光の中から逃れた。
光の外側から元いた場所を見て、悪路王は戦慄する。
光は、天高く続く巨大な光の柱となっていた。まるで、この精神世界を支えるかのように。
悪路王とは対照的に、光の柱の中にいるみのりは、今まで心の奥で騒いでいた理不尽な負の感情の衝動から解放され、生き返ったような心地となる。
みのりが起き上がると、目の前には光を纏う刀……他でもない、妖刀皐月雨が浮遊していた。
その姿は竹箒に仕込まれていたものでも、倉庫にしまわれていたときの古ぼけた装飾でもなく、見事な拵(こしら)えの鞘に納まった、刀としての本来の姿だった。
『待たせてすまない、みのり。汝(なんじ)が王鬼の妖力にくびきを打たなければ間に合わなかった』
「いやいや、来てくれると信じてたよ?」
詫びる皐月雨に、みのりは笑って答える。
"グググ……オノレ……ヤッテクレルナ、妖刀メ……!!"
「……悪路王。悪いけど、やっぱり“ただの小娘”の私だけじゃ、あなたを力で止めるのは無理みたい」
みのりは宙に浮く皐月雨の鞘を掴み、そして。
「だからさっきの、言い直すね。私“たち”はあなたになんて負けるつもりはない。妖刀とその主として、絶対にあなたを止めてみせる」
そう宣言しながら、静かに抜刀した。
"舐メタくちヲ……キクナッッッ!!"
悪路王が腕を振るうと、いまだこの精神世界の大部分を覆う闇がおぞましく変質しだす。
悪鬼のような姿をしたものから、鋭い牙を持つ獣のごとき化物、アメーバ状の闇の塊……魂を持たぬ闇の眷属が周囲を埋め尽くす様は、まさに悪夢。
そんな状況にありながら、二人は落ち着き払っている。
「うっわ……とりあえず、この悪趣味な"闇"に包まれた私の精神世界をなんとかしなきゃ」
『うむ。だが、今の汝になら簡単なことだろう? 我が力、思うがままに振るうがいい』
「……そっか。うん、やってみる」
皐月雨の確信に満ちた言葉に、あっさりと答えるみのり。彼女はもう、どうすべきかをなんとなく思いついていた。
目を閉じ、静かに一度、深呼吸をする。
そして顔の前に、垂直に立てて皐月雨の刃を構え、思い描く。
心の闇を斬り裂く、信念の刃を。
"……!!"
途端、光の柱を形成していた皐月雨の妖力が、刀身へと急速に吸い寄せられはじめる。
悪路王は本能的にその危険性の大きさを感じ取る。……いや、もはやそれは目の前の光景を見れば誰でもわかるというものだ。
天まで届く巨大な柱となるほどの力が、みのりを守るぶんだけを残し、ただ一つの刃に集約され、力強い輝きへと変わっているのだから。
悪路王は悟る。阻止できなければ、万に一つも勝ち目はないと。
慌てて周囲の闇から生みだした化物をけしかける。
……が、既に手遅れだった。
みのりは目を閉じたまま、緩やかに皐月雨を振るう。
右へ左へ、前へ後ろへ。
その優美な動きは神楽(かぐら)の如く。
そのたびに皐月雨の刀身からまばゆい光が放たれ、襲い掛かった化物だけでなく、みのりの精神世界を覆う闇自体をも打ち祓ってゆく。
あっという間に、あれほどの重圧を持って存在していた闇が、悪路王自身だけを残し消滅する。
そして、闇から解放されたあとのみのりの精神世界を彩るのは……豊かな緑と、鮮やかな蒼。
彼女の精神を象徴する、それは。
生命力溢れる新緑の草原の上に広がる――突き抜けるような、“ごがつのそら”。
"……オお……"
その光景を前に、悪路王は、あろうことか感動すら覚えていた。
闇を纏う鬼である"彼(アクロオウ)"にとって、それは絶対的に不利な状況でしかない。
だが。豊かな自然と共に生きる一族の生まれである"彼(モレ)"にとって、それは遠き良き日の故郷を思い起こさせる、美しい情景なのだ。
『……みのり!?』
そんな"彼"を見て、みのりは皐月雨の刃を鞘に納めた。
"……? ナぜ刃ヲ収メる? おレを斬ルのデはなカったノカ?"
戸惑う皐月雨と、ぽかんとする"彼"を前に、みのりは言い切る。
「だって、私が“鬼”を倒しても、本当の解決にならないもの」
絶句する皐月雨と"彼"。
『な、何を言っているのだ!?』
「皐月雨。悪鬼って元々人間の霊なんだってさ。それが負の感情に支配されると鬼になる」
『あ、ああ。それは我も、悪路王の妖気の壁を打ち破る途中で読み取った。……だが、今となっては……』
「いやいや、でもね……そうだ、さっきも"あなた"には言ったよね? “親鳥はひよこが殻を破って出てきやすいように、外からヒビを入れて手助けする”、って」
みのりは皐月雨をなだめつつ、"彼"にさきほどの言葉をもう一度言う。それを聞き、"彼"ははっとする。
"……ミのリ……御前は、マさか"
「私にできるのは手助けまで。最後の一押しは自分でやらなきゃ。……今のあなたなら、自分自身をなんとかできるはずだよ?」
そう言って、みのりは"彼"ににっこりと微笑みかける。
『そ、そんなことが本当に……』
"ふっ……ククッ……はハハははハははははは!!"
なおも戸惑う皐月雨の言葉にかぶさるように、"彼"は盛大に笑い出した。
『……!!』
「待った、皐月雨!!」
警戒し、妖力を練ろうとする皐月雨をみのりは制止する。
"まっタく……本当に……かなわんよ、御前には!!"
その言葉と共に、"彼"の全身……否、"彼"を覆う、鬼の形をした闇全体に亀裂が走り、そこからまばゆい光が漏れる。
やがて闇は粉々に砕け散り、……その場に残ったのは、皐月雨やみのりの力によるものに劣らない輝きを放つ光球――"彼"という誇り高い人間の魂のみ。
『なんと……こんな、ことが』
感嘆する皐月雨。そしてみのりは、
「こんにちは! “初めまして”、でいいのかな、"モレさん"?」
"彼"……もはや鬼の呪縛を振り切った"モレ"に、同じ人間同士としての“初見の挨拶”をした。
"……! ……ああ。“初めまして”、みのり。……そして、ありがとう"
人の姿であれば微笑に相当するであろう、暖かな光を放ち、モレの魂は挨拶と、感謝の言葉を返したのだった――
こうして、みのりと皐月雨は現実世界へと帰ってきた。大地へと還る魂を見届けて。
目覚めたみのりは皐月雨を見て、おおいに驚いた。
その刀身から、いくつもの光球が現れ、周囲へと広がっていく最中だったのだから。
皐月雨は言う。妖刀の力によって“喰われた”悪鬼の魂は、解析と同時に浄化される。
それらは王鬼を倒し世界が安全になると同時に、自然に解放するようになっていて、解放された魂はあるべき場所へとめぐり、やがて大地に還る。
だから、悪鬼を倒すことを“祓う”と表現するのはあながち間違ってはいないのだ、と。
しばしその光景に見入る二人。
ふと、悪路王の宿主だった少女はどうしたかと目を向けると、いつのまにか目を覚まして、寝ぼけまなこで自分達を見ていることに気付く。
……声が出ないほど狼狽した。
しかし。その彼女が「……見えない。めがね、どこ」と言って周囲を手探りしだしたので、すかさず皐月雨の術で再度眠らせ、急いで彼女の家に送り届ける。
彼女の家族に気付かれはしないかと危惧したが、悪路王が憑いていた状態で抜け出したときに使ったのか、彼女の自室の窓の鍵が開いていたため無事遂行できた。
そんなことをしていたら、東の空が白み始めたので、とにもかくにも皐月雨を神社の倉庫に戻し、みのりは帰宅した。
こうして、目的達成の感慨にひたる間もなく、決戦の夜は明けたのだった。