レコードレビューで写真が付いている項目はCDが再発されてます。(しかも大半が紙ジャケ)ファンは急げ!

富樫雅彦ディスクレビュー(その2)

と言う訳でレコードレビュー(その2)

富樫雅彦のページへ戻るにはtogasi.htmlです。

兆(1980年)

kizasi-coverこの当時、まさかこの二人が共演するとは思わなかったのです。いやー、フリーjazzファンなら、「山下ようすけ」(すまん、WHeadsはようすけ、が出ない。ちゃんと登録しますね)の名前は避けて通れませんし富樫ファンとしてはどうしてこんなに知名度が差がつくんじゃー、等と思っていたりして、前年に芸術選奨を富樫さんが取った時に山下さんのコメントが「いずれは共演したい」等とあたりさわりのない(様に思えたんですよ、私は。間違いだったんですけどね)もので、ああ、やっぱり実力は伯仲ながら人気で大分劣っている、と思えたのでありまス。

それがそれが、よもやの共演でしょう!いやー、しかもライナーのコメントがもう山下さん、富樫さんを褒めまくり。これで山下ファンを取りこめるんじゃと当時思ったナァ。いや、勿論富樫さんも山下さんすごく褒めてますけど:-)じゃないと、共演できないでしょう?

作品的には「山下洋輔ピアノライン」+「富樫さんのスパークするPrec」という感じで、凄い息があってます。でも、これ本質的に「山下!」って感じが強いですね。もっとも作曲をどっちがするかによってまたメインの感じがガラッと変わる。富樫さんのテーマで山下さんが演奏すると、佐藤允彦はいってます、って感じがしますねぇ。でもやっぱりアドリブが進むと山下洋輔になるんですけどね。:-)で、やっぱり富樫ファンとしては山下洋輔っぽいんですけど、山下ファンからみるとどうなんでしょうか。山下ファンから見ると富樫色が強く感じられるのでしょうか?

「コンチェルト」(1991年)

ソングフォーマイセルフでも共演した(DUO)の菊地雅章とのデュエットであります。あの時は1曲だけでありましたが、このアルバム2枚組なんであります。しかしですね、本来は二人だけの合奏(笑い)でありますのであまり変化がないので、通常は飽きてしまいそうなんですが・・・・

音楽的には殆ど同一のはずなのに、何故か一曲毎に風情が変わるのです。うーん、不思議不思議。それに私自身が菊地雅章の音楽を聞いていないせいもあるんですが、ここで奏でられる音楽はまるで聞いた事のない種類の音楽なんであります。

いままで富樫雅彦さんのやっているフリーの音楽は根本がビバップみたい、と何度か述べていますけど、この音楽はなんでしょうか・・・。フリー(少なくとも和音は伝統的なジャズではないです)のようでもありますが、少なくともストイックな、非常にユニークな音楽だと思います。是非聞きましょう。

「兆-Live」(1980年)

で大好評を博した後、ソッコーでライブ盤が出ました。これが、「兆-Live」であります。個人的には山下さんは「ドシャメシャの大暴れ」が持ち味だと信じているので(いや、別にメロディックにも弾ける達者な人ですが)この抑制されたプレイはちょっと意外な気がするのです。

1曲目〜3曲目「セカンドブリッジ」「オン・ザ・ポエム」「ドライビング・ユー」は山下さんの曲ですが、うーん、いつもの山下さん、のハズなんですが、富樫さんのパーカッションが付いてくると、妙に抑制された(スクゥエアな)感じに聞こえてしまうのですね。具体的には「佐藤允彦」のように聞こえる訳ですよ。けっして詰まらない演奏じゃないですけど、

4、5曲目の「June」「ライク・フリーダム・ワルツ」が富樫さんの作品なんですが。こっちは逆になんというか、山下さんらしくない曲なので、逆に伸び伸びしている気もするノヨネ。結構富樫さんっぽい感じですけど。

結局、どうしてもどっちかのフォームに合わせざるを得ないですから、「1+1=2」以上にはならない、って感じでしょうか。「1+1=3」となる事はなかったかな、って感じっすかね。でも非常に素晴らしいライブではあるんですよ:-)

所で、このアルバム、ライブらしく観客の拍手が聞こえるのですが、めっちゃ少ない。うーん、ジャズの人気を思い知った気がする。(T_T)

「rings」(1976年)

これは当時2枚組で出たもので、多重録音を駆使してパーカッショニストとしてソロアルバムを出した作品です。つまりここではいわゆるメロディ楽器がなく(多少マリンバとかグロッケンシュピールとかでオスティナートは出してますが)打楽器のみで80分余、12曲の作品を作った、もう異色中の異色作品です。しかも個人的には「SPRITUAL NATURE」「ギルド・フォー・ヒューマンミュージック」に匹敵する凄い作品だと思っているのです。

これは当時SPRITUAL NATUREを出して自分自身のコンポーズ(作曲)能力に自信を深めていったと思われる富樫さんが、自分のコンポーズ能力を極める方向へ極限まで推し進めようという意図があるらしいです。実際、完全にプレイヤーが一人だけですから、曲の構成をかなり厳密に決めておかないと、困ってしまうはずです。適当にコード進行を決めてあとはプレイヤーのアドリブにおまかせーというスタイルが取れないですから。

そしてこの作品は最後まで構成に手を抜かず、自分自身との対話に成功しています。個人的にはこの方向を突っ走って欲しかったのですが、「モーション」での成功の後は、むしろ自分のインプロバイザーとしての能力を発揮する方向に動いていきます。私ははこちらの方向はリスナーよりもプレイヤーの方が面白いのではないかなーという感じで必ずしも賛成しかねていたのです。が、ringsを聞くと、これ以上この方向にいってもプレイヤーとして得るものは少ないと思わざるをえないですね。そもそもかっちり曲の構成を決めてしまえば、プレイする前に既に曲が出来てしまう訳で、こういう「予定調和的」な世界では、アドリブが全てのJazzミュージシャンとしてはプレイして面白くないし、思わぬ即興を叩く自分を発見!という事がなくなって駄目になりそうな予感がありますね。要は作曲家としてではなくプレイヤーとして生きて行く決心をしたターニングポイント的な作品じゃないのかな、と感じます。

ただ、聞いている側からすると、このコンポーザー路線をかっちりと維持していれば今ごろは・・・という感じでちょっち残念。結局富樫さんって同業のプレイヤーには評価高いけどリスナーに受けたのってこの時代のだけだもん。<暴言?

今は、このページを立ち上げて聞き直すと、インプロバイザーとしての方向に向かうのは結構肯定できてしまいました。というか、こちらはこちらで凄く面白いのですが。

という訳でこの時代の傑作だと私は思います。一部のスキもない素晴らしい構成力。

「ブラ・ブラ」(1986年)

これは富樫雅彦さんの音楽生活30周年を記念したコンサートで誰と共演したいか、という事で、「ドン・チェリー、スティーブ・レイシー、チャーリー・ヘイデン」の3人を挙げたそうです。で、その3人との演奏、と行けばよかったんですがチャーリー・ヘイデンはスケジュールが合わずに、デイブ・ホランドが代わりに入っています。決してデイブ・ホランドが劣っている訳じゃないんですが。というか、むしろ私には理解しやすかったですね。

正直、このアルバムの白眉はやはり表題曲の「ブラ・ブラ」と「スピリチュアル・ネイチャー」じゃないかと思います。しかし、実は音楽的にはアレかもしれませんが、ドン・チェリー作の「モプテ」のユーモアは凄いと思うのですよ。

なんというか、眉をしかめて思索しながらじゃないと聞けないよーな雰囲気が漂っているスティーブ・レイシーに対してユーモアと明るさを持ち込んでいるのがドン・チェリーでありまして俺個人としては、ドン・チェリーってレイシーに比べたらそんなに凄い、って感じではないのですが、この明るさは貴重ですよね。富樫さんもドン・チェリーを非常に高く買っているのは、むしろこのユーモアじゃないのかなー、と思っていたりして。

勿論、この感覚が私の勘違いと言うことは非常に有りうる事です。そもそもボンクラじゃ、富樫さん凄い、という事にはならないでしょうし、ドン・チェリーが富樫さんを非常に高く買っている所からも凄いミュージシャンではあるんだと思うのですが。

と言う訳で、実は私はドン・チェリーはよく分からない人ではありますが、おかげでこの「スピリチュアル・ネイチャー」が聞けるというのは嬉しい限りでありますね。ドン・チェリーと言う方、実際上手いプレイヤーではありますが、悪いけど「明るいだけ」と思ってしまう私はやっぱりいけない子ではあるんでしょうねぇ。<そのとおり。

よだんですが、デイブ・ホランドは純然たるフリーの人ではない性か、4ビートっぽい味が全編に漂っています。この味が後のJ.J.Spritsにつながってくる(4ビートの味が蘇ったらしい)そうなので、そういう意味でも良い感じではないでしょうか。

「J.J.SPRITS PLAYS BE BOP Vol1,Vol2」(1991年)

なんてこった、この4人(富樫雅彦、峰厚介、佐藤允彦、井野信義)がビバップをやるなんて!

というのがおおむねの感想じゃないでしょうか。実は富樫雅彦さんはフリーに行く前に、銀パリという所でバリバリにスイングしているライブがありまして(メッチャ有名な銀巴里セッションとしてCDにもなってます)「スイングする時の富樫は魔物だ」なんて言われていました。で、スタンダードやってくれないかなー、というのは実はファンなら密かには思っていたのではないでしょうか(笑い)私は少なくとも希望はしていました。

そもそも、私のようなボンクラリスナーは「フリー」と「出鱈目」の差がよく分からない訳ですよ。そういうレベルと一緒にされては不本意でしょうけど、プレイヤーも同様のジレンマがあると思うのです。自由に、フリーに、と指向していくけれど、それが「才能」のフィルターを通さない限り、ただの出鱈目であるわけで・・・。しかも「フリーなアドリブ」も何回もやっていれば、ただの「フリーという固定化されたスタイル」に落ち込んでしまう危険性が有るはずです。皮肉なことにあらゆる形式から自由に、というフリーなスタイルが固定化してしまう訳ですね。そういう意味で、形式にのっとり、更にそれを越える、というスタイルをとらないと才能がものすごくない限り「フリー」に押しつぶされてしまうと私は思います。ですから、実は形式から自由になる、という指向を持ったプレイヤーでも、というより、フリーを目指すプレイヤーならなおさら形式に回帰する必要があるのではないでしょうか・・・。

そういう意味で、このビバップという制約の中でどう泳ぐノカ、というチャレンジが面白かったのではないでしょうか。「ブラ・ブラ」でのデイブ・ホランドのビートがやはり4ビートぽくって、それもあって、4ビートの快感を思い出した等と富樫さんも述懐しておりますんで。とにかくこのアルバムは必見ですぜ。(WHeadsは「必聴」が出ない)

「J.J.Sprits Live!/Step To Next」(1992年)

なんてこった、この4人(富樫雅彦、峰厚介、佐藤允彦、井野信義)がフリーをやるなんて!

正直、私はこのアルバムを全く評価できないのです。詰まらない、のではなくて、意義が分からないんです。というのも本来、フリーをロートルがやるという時点で、既に自由という意味のフリーではなく、「フリーという固定化したスタイル」であるはずだから。多分峰厚介以外はフリーは特にやり慣れた、つまり手慣れたスタイルであるはずで、これじゃフリーじゃないんじゃないの?むしろフリーなプレイヤーがビバップをやる、というのが本来の意味での「フリー」じゃねーのか、というのが私のJ.J.Spritsに対する意見なんで、演奏は素晴らしいのですが、あんまり感動しない。

と言う訳で、私自身の評価は公平性を欠いているので、とにかく他の方のご意見をお聴きしたいでスナァ。

「J.J.Sprits Explosion/So What!」(1995年)

これはExplosionというアルバムなんですが、So Whatという名前で再販されています。俺は気が付かずに2枚とも買っているんだぜー。(爆笑)

これは「J・J・スピリッツ/plays be bop vol1,vol2」と同じで、ピットインでのライブですね。スタンダード集の。

これは凄いよ。バリバリです。原題のExplosionにぴったりな爆発するかのようなドライブ感のあるビバップです。凄い、としか言いようがないんですが、これに匹敵するのは・・・・やっぱり銀巴里セッション?

一応スイングジャーナルの月間ゴールドディスクにはなったんですよね。これ。

「銀巴里セッション/高柳昌行等」(1963年)

いやぁ、知らないうちに、この驚異の傑作、銀巴里セッションがCD化されているんですよ、これが。

ところで、これは1963年6月26日に銀巴里と呼ばれるライブスポットで(ちなみに銀巴里ってシャンソン系のライブ喫茶なのだそうで、今もあるらしい)行われた、新世紀音楽研究所(凄いネーミングですね)主体のライブをLP化したものだそうです。ですから富樫雅彦さん主体のアルバムではないし、高柳さん主体でもないのですが、この中では富樫-高柳ラインの「グリーンスリーブス」が突出して凄いと思うのですよ。いや、その他の曲も素晴らしいですが、この曲はもう不世出なんじゃないでしょうか。この一曲の為だけにこのCDを買う必要があるやも、と思うくらいで。

ところで、このアルバム、「スリー・ブラインド・マイナス」レーベルから出ているのですが、どうも自主制作レベルで発売されているようで、JVCの設備を使ってデジタルマスタリング、なのに、JASRACの印が貼ってありますよ。という事で、TBMレーベルからチェックしないと、近所のCD屋さんでは買えないかもしれませんね。

「VOICES/ゲイリー・ピーコック」(1971年)

わたし、結構これ探していたんですが、探してもないわけですよ。ゲイリー・ピーコックの作品だったんですね。道理で、富樫さんのアルバムとおんなじ題名のがある訳ですね。しかし、ゲイリー・ピーコックの作品をよくぞ宇都宮図書館入れてくれた。偉いぞ、宇都宮図書館。<後はエリックドルフィーと、イエスとキングクリムゾンとをお願い。ピンクフロイドは友人が譲ってくれたからオッケー。

さて、このアルバムは主にゲイリー・ピーコックと菊地雅章主役のアルバムで富樫さんはあくまでサポート、ちゅー感じです、が。

実はこういう時の方がいい味が出てませんか?富樫さんは

正直、ドラムが別にいて、さらにパーカッションで富樫さんが参加なんで、どっちがどっちだか、私如きのレベルではよくわかりませんが、大変リラックスして聴けますし、御本人も力を適度に抜いているのがいい感じで出ている気がするのですよ。正直パーカッションソロが出ているのですが、どちらの方か分からないのですが、これ、めちゃめちゃ気に入りました。勿論富樫さんの作品として考えると「異色作」という感じのラインになる訳で、富樫さんの作品の本筋ではないのでしょうが。

「LIVE at DOLPHY」(1998年)

スタジオEMACのレコード部門TrialRecordの第2作目です。ライブスポットDOLPHYでのレコーディングです。最近EMACさんのページでは通販のページも出来ていますので、ファンの方は是非見てみて下さい。

ここではJJスピリッツの佐藤雅彦さん抜きという構成ですが、なんかちょっとデンオン時代のMOTIONの味が入っているJJスピリッツというか、ここでは自由闊達にフリーとスタンダードが入り交じり皆さん非常にリラックスしている感じですね。

正直、峰さんにフリーを演奏してもらうのは結構無理があるのではないかと感じていましたので(井野さんはドルフィー作の曲のみのアルバムを作っているくらいで、結構フリーは達者な感じですが)こういう感じの方がよろしいのではとは思います。JJスピリットのフリーはちょっと「いただけない」私としてはこの辺りが限界であります。本格派のファンの方からは異存があると思われますが

けど、峰さん確かクロスオーバーをバリバリ吹いていた人だと思いましたが、いいのか、こんなことしてて(笑い)。峰さんは昔ジョージ大塚さんと組んでいた様な記憶がありますが・・・勘違い?

思うにスタンダードをいろいろバリエーション付けて演奏すると段々和音とリズムがずれて来て、フリーっぽくなるってのはあります。個人的にはドルフィーの「ファイブスポット」辺りなら自分としてはどう考えても「スタンダード」だと思いますし。だから、行き着く所まで行くと確かにスタンダードの積もりなのにフリーになるんだよ、という富樫さんの主張もうなずける気がするのでありまして・・・。

という事で、この「気楽さ」というのは捨て難い。いい感じですね。

「TRIPLE HELIX」(1993年)

正直、これは降参です。私の聞く耳がなっていないのかもしれませんが、(というかそういう気がするんですが)日野皓正、菊地雅章、James GENUS(BASE)という強力ユニットなのになんか聴いててファンキーでもフリーでもないっつー感じであります。

正直私は菊地さんは富樫さんと組んでやっているのしか聴いたことが無いのですが、ギル・エバンスとも組んだことがある人なんですから本来もう少しメロディアスに弾く人なんじゃないかと思いますけどなんつーか中途半端な感じですね。日野さんの味と菊地さんの味を足して、2で割ったつーか、ユニットの成功は本来3人なら3人の味が出されてさらに相乗効果で足し算が掛け算になったりする事だと思うのですがここではあんまり相乗効果って感じがしません。

と言う訳で、是非この良さが分かる方は私に教えて下さい。レビュー募集です。

「SCENE」(1987年)

正直、これまた降参です。

富樫さんとしては3作目となるソロアルバムになるのですが、どうしても、傑作リングスとパッシング・イン・ザ・サイレンスに挟まれて中途半端な感じが否めないです。要するに、バリバリに太鼓を叩く訳でも、ストイックに構成的にナル訳でもなく、ただ漫然と太鼓叩いています、って感じがするのですよ。暴言?

いや、各曲はそんなに悪い曲じゃないのですが、どうしてもスラーっと流れてしまう曲なんですね。ですので、どうしてもピンと来ないのです。

ところで録音エンジニアの及川公生さんは「これは録音は傑作」と力説しているので、オーディオファンの方は是非に

と言う訳で、是非この良さが分かる方は私に教えて下さい。レビュー募集です。

「TWILIGHT」(1991年)

スティーブ・レイシー(ss)とのDUOアルバムです。

いつものレイシーさんと富樫さんでありますね。

いくらなんでもレビューの内容がそれだけじゃ寂しいのであれですが、個人的にはスティーブ・レイシーさんの曲「クレスト」「トワイライト」「クリシェ」なんかが非常にヒットしてます。正直レイシーさんは音がなんか真面目で、ゴリゴリ吹きまくるという訳はないですし、非常に上手い人なんですが、正直面白みに欠ける感じがアル訳です。

さすがに御本人も認識しているのかどうか、自作の曲はわりとケレン味たっぷりの曲で、これにフリーのアドリブが炸裂するとヒッジョーに楽しい感じになるのです。いいぞ、これ。

一方、富樫さんの作曲の奴は正直、JJスピリッツやESSENSE OF JAZZとかでやっている奴なんで、個人的には新鮮味がないし、レイシーさんも淡々と真面目にフリーしているという感じになりやすいですね。別に詰まらない訳ではないですが、ひと言で言えば「ケレン」が無い感じといいましょうか。このページを書くために週末は富樫漬けになっている(爆笑)私としてはあまり「ハッ」とする訳では無いので有りますよ。でもいい感じではあるんですが。

「AUTUMN IN PARIS」(1991年)

さんざん雑記の方で言っていますが、これ、子供がCDを齧って後半が聴けないのであります。(一応www.hmv.co.jpで自主制作レベルで再販されているようなので発注しましたが、本当に来るかどうかは不明)だもんでちょっち不完全かも。と思ったら、今聴くと全部聴けてます。何故?めちゃめちゃ傷が付いているんだけどなぁ。:-) 今度テープに落としてみよう。

で、これはサン・ティ・トレと同じく、富樫雅彦(perc)、佐藤雅彦(p)、J-F.Jenny-Clark(bass)という強力なメンバーでありまして、やはり(個人的な趣味もありますが)ベースラインが強力だとやはり映えますね、パーカッションが。正直フリーの場合、ピアノが全面に出ると、五月蠅い気がしますもの。

で、ここは非常に達者なJean-Francois Jenny-Clark(スゲー長いっすねー)のベースが自由自在に動き回り、素晴らしい技の冴えを見せつけます。やはりヨーロッパのジャズはフリー系が多いような感じが強いのですが、こうゆうベーシストが食っていける、というのはヨーロッパの文明というのは凄いですね。

「ポウズ」でのモールス信号の様に、ダダダダと短いフレーズを相互にやり取りするスピードとか、「イニガ・ダニ・ヨ」の石垣島の民謡を元に、ストイックにピアノが流れる中、ベースとパーカッションがさりげなくフリーに展開する技とか(余談ですが、この頃から佐藤さんはランドーガプロジェクトをスタートしている気がしますが)聴くとすげー、って感じですね。

ところで、このページを立ち上げていた頃ってのはこの辺の楽曲って全然ピンと来なかったんですよ。ところがGoldenCircle6を書くために何回か聴いている内に開眼したんですね。

で、いま「トワイライト」を書くためにスティーブ・レイシーを聴きまくったら、当時は「つまらねー」と思っていた、「THE DOOR」なんかがめちゃめちゃ面白くなったんです。

と言う事で、逆にトリプル・ヘリックスがよく分からなかったのが悔しいんですよね。30回位きいたんだけどなぁ。

「アプローチ/鈴木勲」(1986年)

定評ある、鈴木勲さんとのアルバム。素晴らしいのひと言ですね。勿論陽光(1979年)以来のアルバムでございますが、あ、嘘嘘、トリニティの2枚があったんでした。4枚目ということになりますね。で、メンツはトリニティと同じでありますが、大分趣が違っております。

帯にもありますが、むしろ辛口のアルバムと言われています。ですが、私自身は「スタンダードのイディオム」で演奏されている割と真っ当なJazzのアルバムという感じで、富樫さんの演奏する典型的な物よりは、スタンダードに振られています。「陽光」よりは、真っ当なスタンダードです。私はこのアルバム大好きなんでありますよ。割とポップス入ってます、って感じですね。余談ですが、このアルバムは、ピアノとギターが入っております。ギターが入っているのは2曲だけなんですが。このギターの塩本彰と言う方、今はどうされているんでしょうかね。中々達者な方なんですが。

で、これはラインとしてはスタンダードに近い感じではないでしょうか。それに最近の富樫さんの活動を鑑みるに、おそらく初心者が入りやすく、また極端に活動と違う、という訳でもないので、割といいアルバムじゃないでしょうか。また、個人的にはベースがブイブイ唸るアルバムが好きなので、ベースが強力なこのアルバムはなかなか良いです。

アルバムについては、まだ入手できるんじゃないかと思うんですよね。恐らく、鈴木勲で検索を掛ければまだ入手可能なんじゃないでしょうか?だって、ディスクユニオンだし。(ディスクユニオンって阿部薫の11枚組を世に問うとかいう無謀なメーカーなんで、是非この方向を突っ走って欲しいものです。個人的には富樫さんのパドルホイールの旧譜を是非CDで再販して欲しいものです)

「Jazz/Sprits Trio」(1994年)

「スマイル」「アプローチ」で既に実績のある市川秀男(piano)を主軸に据え、ベースは桜井郁雄(bass)トリオ構成です。桜井さんは大変上手い方だと思います。割とストイックにしかしこの富樫=市川という曲者に対等に渡り合っています。

基本的には「スマイル」と同じでスタンダード集を弾いています。さすがに桜井さんは真っ当なスタンダード畑の人らしくて、このアルバムも「ブイブイ」って所はほとんどなく、素直なスタンダードです。勿論富樫さんはハイハットを主軸に据えおそらく、彼女と深夜コーヒーでも飲みながら掛けても全く違和感ないと思いますね。是非入手して、デートの際にお使い下さい。(エ?)

おそらく、名曲「Waltz Step」(富樫さんのオリジナル)の最初期の演奏もこれではないでしょうか。今の「ワルツ・ステップ」とは想像もつかないもうスタンダード中のスタンダードなアレンジで、正直富樫さん、このスタンスで生活すればもう、めちゃめちゃ有名になれるのになー、とスピリチュアルネイチャー至上主義ファンは思うのであります。凄いメロディックで良いと思うのですよ。いや、他の曲も名曲ですが。市川さんのオリジナル「デザート・ウインド」も素晴らしい!勿論他の曲も甲乙付け難い素晴らしくメロディックなアルバムです!

でもさ、私梅津さんの大ファンという人が天下の渡辺貞夫を富樫さんのコンサートで「つまんねー」と酷評してたのを聞いているんですよ。だから、本流のフリージャズファンの方はあんまり面白くないノカも。是非、「何言っている、俺はアイソレーションが大好きなんだ」という人は私にメール下さい。

「ESSENCE OF JAZZ」(1987年)

これまた、このページを立ち上げて聞き直す事がなければ再評価する事はなかったでしょう。というのも私はページの前でも言っていますが、スピリチュアルネイチャー至上主義でありますので、どうしてもフリーの本流っぽいこういう音楽はよく分からない人だったのですね。

しかし、GoldenCircle6を聞いた時に突然、「あ、これってスタンダード!」と思ったのです。何故か。何故スタンダードなのかはよく分かりませんが。どうも、楽しく聞く「コツ」が有るらしいです、音楽には。

で、「エッセンス・オブ・ジャズ」ですが、これは「エッセンス」の編成で「モーション」をやってます。という事です、私の耳にはそう聞こえますです、ハイ。

このアルバムは、テナーサックスとトロンボーン、ベースとパーカッションという構成ですが、特徴的なのは比較的メロディアスな主題を最初に出してその後の展開を各人のインプロビゼーションに任せるという割とフォーマットがオーソドックスなんですね。

で、テナーサックスとトロンボーンが絡むのはフォーマットがしっかりしていないとドシャメシャになりますから、そういう意味できっちりしてます。一曲目の「clock」なんて、ベースがオスティナートを刻んでその上で各人がフリーしまくるという、「モーション」でさんざんやった名曲「ワンダービート」を彷彿とさせる技を繰り出して、凄いいい感じです。

他の曲も、なんか富樫さん、バリバリにタイコ叩いていますし、他のセクションもいい感じで絡んでいて楽しいです。こんなに元気なタイコを聞くのは久しぶりのような気がしていい感じですね。なんつーか、この時代前後は人に合わせるのに「間」をもって合わせていた富樫さんが「音」で合わせている感じで、共演者とのレベルが非常に合っているからなんでしょうねぇ。とにかく元気な全プレイヤーの音が楽しいアルバムでした。

結局、フリーで構成する場合、ベース等のリズムセクションがアル程度カッチリしているのは聞き易く、メロディックに感じるらしいです、私の場合:-)

「PASSING IN THE SILENCE」(1993年)

これは、家具の音楽を目指しているのではないか、と言うのが第一印象でした。

実際、ライナーノートでも、「夜中に、出来るだけボリュームを下げて、コーヒーでも飲みながら聞いてほしい」という趣旨の富樫さんのコメントが載っていたりして、そういう意味では、リラックスして、レコードジャケットをハッしと睨みつける、という態度で聞くべきアルバムでない事は事実でありましょう。

そういえば、LPでしか出ていないのですが、パドルホイールレーベルの「THE BALLAD MY FAVORITE」というトリオ構成のスタンダード集ってのがありまして、これもやっぱり同じ意味のコメントを残しています。で、私思うに、富樫さんは突然(多分5年周期位)スタンダードをやりたくなる時期がある気がするんでスヨネ。で、この時はタイミングが悪くて、ストイックな家具の音楽を一緒にやってくれる人がいなくて、自分で全部やったのかなー、という気がします。

所で、余談ですが、アシスタントに、「スタジオEMAC」の「エマ・カズヒロ」さんがクレジットされています。

実は、このアルバム、フリーとしか言いようがない音楽なんですが、異常に聞き易いのですよ、ええ。なんかイージーリスニング、と思えるくらいに。

自分の思い込み度の問題もあるんでしょうが、「リングス」なんかに比べると異常にリラックスして聞ける気がするのです。音の密度、とか、構成がアマい、と言う事ではなくて、というか、密度、構成など、かなり「リングス」に匹敵するレベルで追い込んでいる気はしますが、なんというか、音楽が対決して聞く事を要求していないという感じなのですね。

また、カバーアートも富樫さんの書いた絵なんですが、「何か意味があるんですか?」と聞かれて「いや意味はないですよ。ただ、雰囲気があってるじゃないですか」とぬけぬけと言っているのも、いい意味で肩の力が抜けているようで好感が持てました。余談ですが、過去の富樫作品って結構御本人の絵や写真が飾られているのですが、過去の作品は抽象度の高い作品が多いのですが、1973年以降は具象的、かつロマン的な作品が多いですね。これも本人の余裕、スタンスを現している気がしてなりません。

とにかく、「静かで、広大で、平和」をイメージしたというこのアルバムを我々もゆっくりと穏やかに聞いてみるべきでしょう。リラックス!


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