2004年4月

4月1日(木)エイプリルフール

デザインが全て無くなりました。どうやらカスケーディング・スタイルシートのライセンスが切れたみたいです。それ故にこのようなのっぺらぼうなサイトになってしまいました…。勿論ウソ。でもこれも結構よさ気なので、しばらくこのまま続けます。

今日は昼間暇であったので、マンガを読んでました。MF(マイフレンド)動物病院という漫画です。実は昔、獣医師になりたかった頃もありました。多分動物のお医者さんを読んだ頃でしょう…。動物系の本や漫画をよく読んでたから、普通の人よりかはそこそこ詳しかったりする…まぁ雑学程度だけど。でもこの漫画、非常に良く動物病院を描いています。現実に照らしあわされた、いわゆる為になる本です。獣医師を目指す人はもちろん、動物を飼う人や、この社会で動物と接する私たちにとって。とても難しい問題で、やるせなくなる事もあります。現実の世界では、こうは上手く解決しないだろうけど、こういう問題を知っておくのも良いことだと思うよ。

また、乙武洋匡さんの五体不満足も本棚から見つけて、読んでました。これもよい本ですねー。障害は不便です。だけど、不幸ではありませんと、生きる力に溢れてますね。何か元気が出てきます。あと、最近随分疎遠になっている環境の方へもちょっと心惹かれた…。

こういう晴れた日に、川沿いの土手を自転車で走ると気持ちが良い。子供らが小さく遊んでるのが見えたりする。桜も見た。そろそろ散り始めてますね。 大学に行く頃には葉桜かなぁ。そんな風に、色々考えを巡らす事ができる様になります。家にいてもつまらん。初めて訪れる道とか、面白いことがたくさんあ る。

一昨年くらいに、私の街をデータベースにできないかなと考えてた事がありました。何かといいますと、この場所にはこのお店がある、とかこんな構造物 がある、木が生えてるとかを地図にリンクさせるというものです。意外と皆自分が住んでいる街を知らないでしょ?自分の知らない街の情報をこれで知ることが できる。情報技術を媒介にして、都市システム学と環境学をつないだりもできるんじゃないかとも思ってました。例えばこの辺にゴミがよく落ちてるとか、こう いう植物があるとか…。で、ここが私らしいというか、データベースと書きましたが、そのデータは機械的に生み出されたものではなく、人々の記憶を中心にし たものにしようと思ってました。記憶の情報化、うーん、無理かなぁ?

まぁ当然、技術も開発環境も無いので、ただの構想(妄想?)に留まっていますが、多分これはどこかで研究の対象とかになってるのではないかなぁ。役 に立つだろうし。あ、そうだ、たしか東京大学でXMLとJavaを用いて行なわれてるとか聞いたことがあるような。面白そうですね。

なんだか今日は珍しくまともな日記っぽいですね。そろそろ入学式のシーズン。どんな新入生が入ってくるんでしょうか?


4月6日(火)

スタイル復活させました。とはいっても、Mozilla などではブラウザの機能でスタイルを無効にすることもできます。IEでもできますが、標準装備ではできないようですね。見栄えなんて、Webサイト側が制限すべきものではないと思う。昨日までのシンプルなサイトのほうが良いとい方は、Webでスタイルシート切り替えボタンと検索をかけてみましょう。

大学がそろそろ始まります。春休み、自分は何かをしてこれたのでしょうか。当初の目的は果たせたのでしょうか。

合気道は…合宿があったり、最近も部活に出て、だんだんに方向性が見えてきました。何か、部の全体的なレベルが上がったような…。去年よりは遥かに難しい稽古をしている。私も最近になってやっと脱力とか、抜きというものが分かってきました。はたして部の卒業までに、合気が使えるようになるのか…。

考えてみれば、他はダメですね。勉強なんて、一切していません。成績は、単位は何とか落としてはいなかったけど、勉強せねば次に響く。プログラミングはさっぱり。JavaScriptいじったくらい。哲学書は、思うようには読めなかった。何か、後悔ばかりしてるかな…時間を無駄にしてきたかもしれない。

書くといっていた、他人の好きと私の好きについての話。なんていうか、ダメです。思うように書けない…。今まで、このサイトを書いてきたり、日記を書いてきたりしてきたけど、それとは全く別次元のことなんだと思いました。まぁ当然ですね。こんなへぼ日記が哲学なんて語っちゃいけない。何も学ぶところなど無い日記だから。

もう全く更新してないけど、徒然戯言内にある、青い空とか、名前は、全く無意味です。あんなの載せてること自体、はたから見れば恥ずかしいものですね。詩でも何でもありません。あんなものが詩なら、世の中に詩人なんていない。現在私はあれらのことを、純粋に記憶として、自分の一部として考えています。だからあえて消したりしない。あんなのを書いちゃったのも自分だから。初年度の徒然日記に対しても、同じ思いです。自分で、アホじゃないのこの人、って思ってる…。でもそれも記憶だから。そういうことをしてしまったのも自分。なんていうか、気取ってる文章が気に入らない。何か、キャラ作ってる…そんなの日記じゃない。

ネガティブになりましたが、決して、この春休み、何も得られなかったわけではないです。私は他人に希望をもてました。私は少し、心が分かった気がします。もしかしたら、それが天地と一体になるとか、相手と和合すると言われてきたことなのかもしれない。私には大切な他人ができました。私は哲学者目指して、生きていこうと思っています。


4月18日(日)

日が空いてしまいました。大学が始まると生活リズムが変わりますね。この徒然日記は書く意思を起こさないと更新できないので、思い立ったときにちゃんと書くようにします。

…十分ぐらい頭をひねってますが、特に何も書く事が思いつかないというか、書いたらまずそうな事ばかりしか思い浮かびません。まぁボクはそれでも書くときは書いてきてますけど。

大学開始

とりあえず、大学の事を書きます。3年になると、やはり殆ど専門の授業です。去年のように一般教養系の科目は取りにくいですね。文学部の科目は1コ マ入れましたが、永井先生の哲学ではなく、認知行動心理学です。教室に入るときはいつも緊張するんですけど、やっぱり歓迎されます。工学部情報の人間だと 文学部の人とはまた違った見地からものが見えるからだそうです。

稽古始め

それと部活。新入生が大勢見学に来てくれました。まともに稽古が出来ないくらい。一年なのに9時頃まで残って受身や動きの練習をしていて、例年に無 くやる気がある新入生たちです。合気道部全体の意識や能力の向上にもつながると思う。そうそう、コンパがあったんだけど、テニスサークル的なノリの人間が 来てましたね。完璧に、浮いてました彼らは。普通の大学のサークルって、ああいうノリなんでしょうか。基本的に、合気道部がテニスサークル的ノリに合わな い連中で構成されている為、ボクとしては居心地が良いんですけど。でも何が違うんだろ…具体的に説明せよといわれても難しい。あ、もしかしたら、「今自分は 浮いてる。」とか自分で分かる人達なのかも。テニスサークル的ノリという時点で、私に偏見があるのは確かですが、今まで見てきたところからの私の判断で す。

向上心?

これは結構前に書こうとした話なのですが、向上心とは何だと思います?勉強すること?でもそれは何のためにするんでしょうか?

相手「勉強して、大学院を出て、良いところに就職してお金を稼ぐつもり。何故にお前は勉強しないの?」

副将「別に、良いところに就職するとか、お金を稼ぐとかには興味ない。お金は生きていけるだけあればいい。」

相手「お前は向上心がないなぁ」

これは副将から聞いた話なんですが、えー?って思いました。それが向上心なんですかね?まぁ確かに学力や権力の向上は果たせそうですけど、そうだとしても、なんだか向上心という言葉が陳腐なものに見えてきてしまうのですが。まぁお金も権威も無きゃ困るもんですが、あるだけでも無意味だと思う。

ボクはそう感じるんだけど、なんか皆、決められたレールの上を滑っていってるというか、目標に向かっていってるように見えて、実はその目標は自分が 決めたものではなくて、さらには自分の意思で進んでいっているわけではないという感じがするんです。工学部でいえば、例えば大学院。大学院に進む事が目 標、みたいな。で、とりあえずいいところに就職、のような。どこに向かってるんですか?向かう道が見えないのに、向上心といえるのでしょうか?

大学生の大半は、何か自分の道を見つけて学問の道に入る、というのではなく、何となく、とか流れ、とかだといいます。まぁモラトリアムを伸ばし続けるということでしょうか。

…なんかやっぱり論争を呼びそうな内容ですね。主張してるの?なんか気に入らないんだろうね。私が学科内で浮いてくる理由が多分分かると思います。最近、私の周りにいる人たち、地元の親友、同期部員達がそれぞれ自分の道を探してさまよっています。つまらない大学を辞め、つまらない、大学を出て就職してという一般にいわれる模範的生き方とやらを捨て、自分のしたいこと、行きたい道を選んだ人もいます。凄く、かっこいいと思う。そういう人たちだから、私は彼らのことを好きなんだと思う。


4月20日(火)

とりあえず授業決まりました。休日があるとだらけそうなので、休日は作りませんでした。大抵の場合3年になると、授業の無い日ができるみたいです。

おとついの日記だけど、流離い人は何様のつもりなんですかね?あんたには道がみえてんのかと。偉そうなんだよ。大体ね、今の自分、今の現実が見えてる者はこんな事をいわないんではないですかね?それにこれは、やっぱり他人の事を分かってないからこその文章であるしね。自分から当たってく力も無いくせにね。実際に部の同期だって話し合う機会を設けなければ何も分からなかったんだし(参照2003年11月)。あ と、分かってないのは私だったりするんだよね。大体哲学者は食ってはいけないんだから。現実はそうですよ。これは誰かにも言われましたし。そのときは ちょっとムッとしたんだけど。社会の受け入れ態勢ができてないとか…。そう、少なくとも今の社会からすれば、私の方が異端児でありましょう。それに今までの日記からするに、ちょっと精神的に危うそうな印象も受けます。そんな奴が何言ったって狂言なんじゃない?…っていうとなんだか言い訳がましく思えてきた。これは私以外のもののせいにしようとしているよねあの日記を。

…とか何とか書いてるのは、やっぱりこの徒然日記が私にとってちゃんとした日記になりつつあるのかなあと思ってます。


4月30日(金)

こんばんはー。今思ったんだけど、壊れてる日でも一応は閲覧者に語りかけようとはしてるみたいですね。いや今日は壊れるような事書くつもりは無いんだけど。

今週レポートが連続であって、何故か徹夜続きでした…。基本的に私は無計画です。もっと時間のある時にやれば…。今期から真面目に工学部の授業受けようて決めたくせに。そうそう、レポートの一つに、機械や計算機が知的であるとはどういうことと考えるかていうのがあって、私なりに書いてみました。内容は多分工学部生らしくないかも…間違ってるかも知れんし。でもまぁここに載せてみてもよさ気かな。

今年合気道部は何故かやたら新入生が多いです。まともに稽古出来ないくらい。さらに例年に無く一年生はやる気があって、最後撤収するまで残っている者が何人も。今年は当たり年なのかなー。

とやかく書いてるうちに、もう5月なんですね。あれから丁度一年です。丁度一年前のあの日に、目を醒まされました。…3月周りの人にこのサイトを見られたらとか書いてましたが、もう別に構わないとも思っています。自分もなんだか認識の仕方が変わった気がする…。別に何を言われようと動じないようにも思える。ていうかもう知ってんだしね。何だか強く生きていけそうです。