焼入れでなぜ硬くなるのか

そもそもなぜ「焼入れ」というのでしょうか。操作としてはを赤めて水や油に入れ急冷する、ということになります。焼いておいて (冷却材に) 入れる、というニュアンスが感じられます。懲らしめることを「ヤキを入れる」なんて言いますが、に大きなストレスを与えている点から見れば、これもなんだか関係あるように思えます。英単語のquenchには「火を消す」「熱いものを冷やす」といった意味があるようです。

鉄鋼材料の場合、熱した処理品を急冷すると硬くなる場合がほとんどで、‘焼入れ=硬くする処理’と捉えられます。ではなぜ急冷することで硬くなるのかを理解しておきましょう。焼入れで硬くなるリクツを掴んでおけば、逆に軟らかくするにはどうすればイイかも理解できます。

構造用炭素鋼の焼入れ

は鉄と炭素の合金です。炭素のみを主な合金元素とする炭素鋼と呼んだりもします。脱酸材として加えられるケイ素やマンガンも含まれてはいますが、ここではそれらを無視して構いません。炭素は鉄と化合してFe3Cという形での中に存在します。Fe3Cはセメンタイトと呼ばれる硬くて脆い組織です。これに対して鉄の基地部分はフェライトと呼ばれます。フェライトは微量の炭素を固溶していますが、ほぼ純鉄と考えていいでしょう。

加工現場で非常にありふれた材料であるS45Cを加熱した場合を見てみましょう。常温ではフェライト+パーライトの組織です。パーライトフェライトセメンタイトの混合層状組織なので、突き詰めて見ればフェライト+セメンタイトということになります。の温度を上げていくと、727℃でパーライトオーステナイト化し、体心立方格子であるフェライト部分は面心立方格子変態します。オーステナイトは炭素固溶限フェライトよりも大きいため、フェライト部はセメンタイトからの炭素供給を受けて高炭素化し、セメンタイトに凝集していた炭素は中に拡散していきます。低い温度ではパーライト部分がオーステナイト化するだけですが、温度上昇に伴って炭素拡散は進み、A3を超える780℃くらいになるとフェライト部分が総て変態して処理品全体がオーステナイトになります。常温ではセメンタイトに占有されていた炭素が、高温ではあらゆる部分に拡散した状態となります。ここからのんびりと冷やせば、元のフェライト+パーライト組織となるのですが、炭素がセメンタイト化する時間的余裕を与えないくらい速く冷やすと、変態点より低い温度でも面心立方格子のままの状態を保つようになります。更に低温になるとそのままでは耐え切れず、仕方なく体心立方格子中に炭素をムリヤリ押込んだちょっとイビツな組織となり、これをマルテンサイトと呼びます。マルテンサイトは炭素によって格子歪みを起こしているため、変形しにくい硬い組織となります。

格子歪みによる変形のしにくさを理解するために、割箸と輪ゴムを準備して下さい。割箸を縦横2本ずつ組合せて重なる部分を輪ゴムで留め、漢字の「井」の字を作ります。輪ゴムで縛った部分がFe原子の位置だと考えて下さい。中央の四角が正方形であれば、縦や横にずらして平行四辺形に変形できます。平行四辺形をどんどんつぶしていけば、輪ゴムで留めている部分が対角部分と近付き、ここで再結合 (塑性変形) できそうなことが想像できますよね。ここで、一辺だけが長くなるように輪ゴムで縛る位置をずらして台形に組むと、先ほどのように四角形をつぶすような変形ができなくなります。長くなった辺は、中央に炭素が割込んだ様子を模していると考えて下さい。これがマルテンサイトの変形しにくい理由です。無理に変形させようとすると割箸が折れてしまい兼ねないトコロも、的を得ているように思います。

亜共析鋼の場合、中の炭素を総てオーステナイトに溶込ませて焼入れを行うため、A3より高い温度まで加熱します。つまり低炭素ほど高い温度まで加熱しなければなりません。通常はA3からプラス50℃位を狙います。ただし温度が高くなり過ぎると結晶粒が粗大化し、靭性が低下するので注意が必要です。亜共析鋼の多くは構造用鋼であり、調質によって強靭さを与えるために熱処理をするのですから、靭性面で不利になるようなことは避けなければなりません。焼入れが終了したら高温で焼戻しを行い、セメンタイト析出させてソルバイト組織を得ます。焼戻し変態点より低い温度での加熱 (概ね500〜700℃程度) なので、析出するセメンタイトのサイズは、焼入れ前の組織に比べて格段に小さなものとなります。焼入れ直後の硬さからはかなり低くなるのですが、これにより強くて粘りのある部品となります。つまり構造用鋼において、焼入れマルテンサイト硬さを得ることを目的とするのではなく、強靭なソルバイト組織を得る準備のために焼入れによるマルテンサイト組織が必要になるということです。

炭素工具鋼の焼入れ

刃物としての硬さが必要な場合は過共析鋼の出番です。炭素鋼の場合SK材がこれに当ります。焼入れによるマルテンサイト硬さそのものを利用するので低温焼戻し硬さを下げないようにします。200℃以下の低温焼戻しでは組織はソルバイト化せず、過飽和に固溶した炭素はε炭化物として析出します。これにより焼入組織は0.3%C程度の低炭素マルテンサイト (焼戻マルテンサイト) に変化し、硬さを維持しつつ内部応力を緩和させて、靭性を回復します。

過共析鋼ではA1変態の段階でフェライトは消滅し、オーステナイト+セメンタイトの組織となります。このため全体が均一オーステナイトになる (Acm線を越える) まで加熱しなくても焼入可能です。とは言え温度が高いほどセメンタイトの溶込みが多くなり、焼入硬さも高くなっていきますので、適正な温度としなければなりません。しかし過共析鋼になると炭素の溶込みが多いからといって、直線的に硬くなるというワケではないようです。炭素量硬さの関係をプロットすると、それらは直線関係ではなく、対数のグラフのように炭素量の増加に対する硬さの上昇は段々と寝てきます。つまり高炭素側では炭素量を増やしても焼入硬さはそれほど上昇しません。SK材はこのような部分に位置する材なので、機械構造用炭素鋼 (S-C材) では炭素量の区分が非常に細かかったのが、炭素工具鋼になると炭素量の区分がかなり広がってきます。実際の焼入温度としてはA1に対してプラス50〜100℃程度の温度範囲になります。

代表的な炭素工具鋼であるSK105 (旧SK3) の場合、炭素量は1%程度ありますが、その総てをオーステナイト固溶させる必要はありません。むしろ球状化焼なましによって均一分散しているセメンタイトの分布状態を崩さないよう、セメンタイトが完全に溶込むまで温度を上げないようにします。共析点より高炭素になっても基地の硬さは余り上昇しないので、炭素を「硬さ」に割振るのではなく、炭化物として「耐摩耗性」に割振るようにするというコトになります。球状セメンタイトが残ることで、700HV位のマルテンサイト中に1000HVを超えるセメンタイトが細かくバラまかれたような状態になり、刃物としての切れ味が良くなります。カッターナイフで紙を切る場面を想像してみて下さい。紙は繊維の集まりです。この繊維を一定ラインで引きちぎることによって真っ直ぐに切ることができます。繊維に細かなセメンタイトがノコギリの刃のように引っ掛かって繊維を切断していくのですから、セメンタイトが細かく、一様に分布していることが切れ味の良さを生みます。材料出荷段階での球状セメンタイトの分布を壊さないように硬くするのが良い焼入れです。

合金元素の働き

機械構造用合金鋼SCM435を例に挙げてみましょう。炭素量としてはS35Cと同じで、炭素の強制固溶によるマルテンサイトの強化機構から説明すれば両者は焼入硬さに大差ないハズです。しかし実際に焼入れ後の硬さを比べると、S35CよりSCM435のほうが硬く測定される場合が多くなります。SCM435S35CにCr1%、Mo0.2%を添加したと考えて問題ないのですが、このホンのちょっぴりの合金添加で「ヤキの入りやすさ」が変化するためです。

処理品の表面は冷却材に触れているので速く冷えます。それに対して芯部はの熱伝達率に相当する時間分冷却が遅れ、充分な冷却速度が得られないため硬さは低くなります。このような理由により、どんな材でも焼入硬さは表面が高く、芯部は低くなります。この現象は処理品が大きくなるほど効いてきて、大きさが増すといつしか表面硬さも内部に引張られるように低くなっていきます。焼入れではこのように大きなもの (重いもの) ほど硬くなりにくい現象が見られ、これを質量効果と呼びます。

CrやMoは焼入時の炭素の移動を阻害し、セメンタイトなどの炭化物になる時間を延ばすため、質量効果を抑える働きがあります。このように冷却速度が遅くてもヤキが入るほど「焼入性が良い」と言います。つまり中の添加合金には、質量効果を抑制し焼入性を向上するという役割があります。SCM435等の機械構造用合金鋼において、Crなどを添加する目的は主に焼入性の向上です。ただし焼入性がどうであっても、焼入時の硬さ炭素量によってのみ決まるので、S35Cでも充分に焼入可能な小さな処理品であれば、SCM435のものと硬さは同一です。イメージ的に合金鋼のほうが硬さが得やすいと感じるのは、表面硬さ質量効果によって下がりにくいため、大きな処理品でも本来の硬さを維持できるからです。焼入性が高いほど、冷却が遅くても硬さを得やすく、硬さの内外差が小さくなります。またゆっくり冷やしても焼入可能ということは、温度差ストレスやマルテンサイト化による変態応力の時間的なズレによる変形を少なくすることができるようになります。

工具鋼においても合金添加の目的は第一に焼入性の向上ということになります。これによりSK105ではJIS規格で水冷と規定されているのに対し、SKS3では油冷焼入OKです。冷却が緩やかになる分、焼割れや変形など、変態応力に起因するトラブルリスクは軽減されます。一方で焼入性の良い材ほど、一般に高炭素高合金となるため、残留オーステナイトが発生しやすくなります。

添加元素によっては鉄よりも炭化物を作りやすいものがあって、これを炭化物生成元素と呼びますが、例えばCrの場合、クロムカーバイドとして析出し、セメンタイトより分解に必要なエネルギが大きくなります。そのため高合金工具鋼になると焼入温度が高くなるので、結晶粒の粗大化を抑える工夫が必要になってきます。また炭化物生成元素によるカーバイドセメンタイトよりも硬く、耐摩耗性が高くなります。特にWやVの炭化物は硬く、高耐摩耗工具鋼にはこれらの元素が添加されます。Crは焼入性耐摩耗性の双方に有効で、合金工具鋼にとってなくてはならない元素です。

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「キンキンに冷やす」のではなく「速く冷やす」

焼入れにおいて‘冷やし方’は非常に重要で、冷却の良し悪しでしっかりとヤキが入るかどうかが決まります。ここで勘違いしてはならないのが“とにかく低い温度までキンキンに冷やす”のではなく“重要な温度帯をできるだけ速く冷やす”ということです。「SK105でこれだけ大きいと硬さが出ませんよ」とアドバイスすると「じゃ、サブゼロやってみてよ」と返されることがあります。これが勘違いで、SK105残留オーステナイトが出るのでサブゼロ処理の効果は確かにあるものの、通常の焼入れで60HRCを超える材が、質量効果で硬くならないのですから、仮にサブゼロを行って硬さが増し、要求仕様を満たしても、不完全焼入れ析出したフェライトサブゼロ処理してもフェライトのままです。本来はマルテンサイト+残留オーステナイトサブゼロで全マルテンサイトとするという流れなのに対し、不完全焼入時はフェライト+マルテンサイト+残留オーステナイトサブゼロフェライト+マルテンサイトと、焼入れで発生させたくないフェライトが出たままの状態は回避できません。

大切なのは臨界区域と呼ばれる温度帯をできるだけ‘速く’冷やすということです。具体的には焼入加熱保持温度からMs点までの冷却速度が重要です。ここでフェライト析出してしまうと、冷却途中にして不完全焼入れになるコトを確定させるフラグが立ってしまうので、とにかく早く、そして速く冷やさなければなりません。オーステナイトの炭素濃度が高いほど、フェライト変態しにくい (炭素を追い出すのに時間がかかるため) ので、炭素量が多い種ほど若干焼入性は (合金添加ほどではないが) 良くなります。その一方で、過冷オーステナイトマルテンサイト変態するのに必要なエネルギは上がるので、Mf点が下がり、常温でも残留オーステナイトが残るようになります。

Ms点を下回るとマルテンサイト変態が始まります。ここは逆にゆっくり冷やすのが得策です。Ms点以下にまで冷やされた過冷オーステナイトは、ここに及んではフェライト析出させることはできず、温度低下に伴ってマルテンサイト変態しかしません。このとき内外温度差により変態のタイミングに大きな差ができると、変態応力による変形や割れが発生しやすくなります。このようなリスクの高い温度帯を危険区域と呼びます。ソルトバスによるマルテンパなどは、始め速く、ヤバイところで温度保持できるため、硬くて割れない焼入れが可能になります。

実際に焼入れ硬さが出ない場合「サブゼロで」という逃げ道に考えが向いてしまいますが、本来の解決方法は‘焼入性の良い材料に変更する’という方向であるハズです。焼入性の良い (合金添加された) の採用は、一般に材料費が上がるコトになり、タダでさえ大きな部品で材料費が高いのに、重量単価も上がってしまっては原価としてはキビしくなってきます。これを嫌って安い (焼入性の悪い) 材料をチョイスしておいて、あとは熱処理でどうにかしてねと言われても、できないものはできないワケで、どこで妥協するかの折合いが難しいところではあります。量産部品ならテストを重ねて、原価とスペックとのバランスを取ることは可能ですが、単品一発勝負になるとこのような問題が顕在化する場面が多々あります。

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焼入れ作業の実際

量産の熱処理を行う作業現場ではメッシュコンベアの連続炉などで処理するため、工程管理が主な業務となります。炉内温度や冷却材温度を監視し、加熱冷却条件が守られているか、またコンベアスピードを監視し、保持時間が正しいかをチェックします。要所要所で抜取検査を行い、硬さに問題ないかをチェックしてロット全体の品質を管理するというやり方です。

これに対して単品処理になると、検査頻度はかなり多くなり、下手をすると全品検査になる場合もあります。色々な依頼元からの委託処理であり、異材混入や工程不良などのミスを抜取検査で見つけることは不可能です。また基本的に過去実績がない上、並べ方なども再現性がないワケですから、変形などの不具合を統計管理できないため、総ての処理品について変形の検査をする必要性が出てきます。このため所謂、職人仕事と呼ばれるような作業内容となりがちです。熱処理バッチ炉に混載で行うので、最大サイズの処理品に合わせて保持時間が決められるため、あまりにサイズの違うものを同載すると、小さな処理品にとっては過酷な処理条件 (保持時間が長い) となってしまうこともあります。

いずれの場合もセンシング技術や自動制御技術が進歩した現在では、焼入れは基本的にプログラム制御の設備で行い、人手を要することは少なくなっています。焼なまし焼ならしも、冷却速度をコンピュータ制御できるので、炉に入れてしまえばあとは機械にお任せです。

では熱処理職人はどこで腕を振るっているのかというと、焼割れの起こらないプログラミングとか、変形の少ない処理品の並べ方などの他に、変形を矯正する作業をいかに精度良く行うか、効率の良い製品配置にするにはどうすればイイか、という部分に腐心しています。どの熱処理屋さんに処理を依頼しても、材質とサイズが適正であれば焼入れで硬くなるのは当たり前で、硬さに差はないハズです。ところが変形に関しては、少ないほうが仕上げ加工がラクになるし、あまりに変形がひどいとモノにならなかったりしますので、熱処理変形の少なさで評価されることが多いのではないでしょうか。

次にユーザーサイドとしてはどのように熱処理作業を指示したら良いのか考えてみましょう。量産の場合は確立された工程があり、熱処理業者は決められた工程を守ることに専念しますから、何も問題はないと言えます。一方で単品処理の場合は、都度都度で処理内容が変化することがあり得ます。例えばSKS3焼入焼戻しで60HRC以上の硬さにする場合、焼入れは800〜850℃、焼戻しは150〜200℃という温度設定が一般的なトコロですが、異種混載の炉ではこの範囲内で「他種とのあいだを取る」ことが考えられます。SK105 (焼入れ760〜820℃/焼戻し150〜200℃) が同載されるなら低めの温度、SCM435 (焼入れ830〜880℃/焼戻し530〜630℃) との混載なら高めの温度で焼入れされることが想像できます。昨日依頼したSKS3は810℃で焼入れされており、今日の分は840℃で焼入れされているということもあり得ます。焼戻しはどちらも同じように180℃程度で行われていると考えてイイでしょう。硬さはどれも60〜63HRC程度でしょうが、焼入温度が違えば機械的性質、この場合は特に靭性面で違いが出てくることが考えられます。まあ、この程度の違いはあるものと思っておいたほうが無難です。

焼入性の悪い材料、例えばS45CSK105の場合、焼入温度JISの規定範囲より高く設定されることもあります。SK105で言うと、焼入温度は760〜820℃ですが、JISでは冷却方法が水冷になっているものの、実際には油冷焼入れするので上限一杯の820℃からでも、よほど小さなものでないと硬さが出ません。そこで焼入温度を850℃にしてやると、820℃のときより硬くなります。保持温度が高いと結晶粒が粗大化して、焼入れを阻害するエネルギーギャップが減るため、微細結晶よりも焼入性が良くなるというリクツです。ただし当然のコトながら靭性は低下し脆くなってしまうので、常用すべき手ではなく、あくまで裏ワザ的なものです。焼入依頼したものが適正な温度で行われているかどうか、納入時の検査報告書をキチンとチェックしておきましょう。

不完全焼入れに関して最も気を付けなければならないのは強度部材に使用される部品の調質についてです。S45Cですと焼入れが820〜870℃水冷焼戻しは550〜650℃で、硬さは201〜269HBになり、降伏点が490N/mm²というのがJIS参考値でのスペックです。熱処理屋は焼入時の硬さを確認して焼戻工程に入るのですが、不完全焼入れ焼入時の硬さが低い場合は、焼戻温度を低目にすれば調質時の硬さを201〜269HBに収めることは可能なので、心無い業者だと焼戻温度を550℃より低くして「硬さ (だけ) はOK」の状態で出荷しているかもしれません。このように処理されたものは衝撃値が低くなってしまい、使用中に想定外の壊れ方をする恐れがあります。ユーザーとして、熱処理履歴が適正かどうかをチェックすることは大切なのですが、その一方で自身が注意すべき点もあります。S45CJIS参考値では有効直径を37mmとしています。これ以上太いものは記載通りのスペックは期待できませんよ、ということです。そもそもJISでは水冷を前提とするため、油冷ではもっと小さなものしか芯まで焼入れできません。また芯部まで総てがマルテンサイト化するのではなく、中心部で50%がマルテンサイト化する直径を‘有効’と称している点にも注意して下さい。熱処理品は表面と中心とで組織 (すなわち機械的性質) が違うのは普通のコトというのが前提です。

以上のようなことを認識した上で、材料選定をキチッとして熱処理発注しましょう。ただし熱処理条件 (焼入温度焼戻温度、保持時間など) まで図面に指示してしまうのはやりすぎと言えます。加工図面に、使用する工具や送り速度まで指定されている図面なんて見たことないですよね。切削条件までは指示しないのと同様に、熱処理条件まで図面に書込む必要はありません。ただしチャンとした処理が行われているかチェックするためにも、成績票を見ておくべきなのは前述の通りです。またどうしても自分で判断がつかない場合は、前もって熱処理業者に相談して下さい。材質によって大物だと硬さが得られないワケですが、どのくらいのサイズまでならスペックを満たせるのかは業者ごとに違うはずです。また変形についても相談して、仕上代をどのくらいの余肉にするかについても事前に打合せておくと、後々のトラブルを防ぐことができます。

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鋼を軟らかくするには

を硬くする方法が解れば、逆にを軟らかくする方法も理解できます。焼入れでは炭素拡散の時間的余裕を与えない冷却ができればよかったのですが、焼なましなどによるの軟化は「炭素が充分に拡散できる冷却速度を保つ」というコトになります。つまりオーステナイト化温度からゆっくり冷やせば軟らかくなるワケです。

冷却時にパーライト変態を起こさず、組織が総てマルテンサイト化する最小の冷却速度上部臨界冷却速度マルテンサイト化せず総てパーライトになる最大の冷却速度下部臨界冷却速度と言いますが、焼入れは、できれば上部臨界冷却速度以上の速さで冷却したいところではありながら、これをやや下回っても、中心部で半分以上がマルテンサイトになっていれば良しとしています。JIS通りでなくても、ちょっとだけでも硬くなっていればいいというコトで、半分以下のマルテンサイト化を許す場合もあるでしょうが、いずれにしても下部臨界冷却速度以上でなければ焼入れとは言えません。下部臨界冷却速度を下回ると組織はパーライト化して軟らかい状態となります。しかも冷却速度が遅いほど組織の微細化が妨げられ、層状組織が粗くなるので、軟化を目的とする場合はできるだけゆっくり冷やします。冷却速度が遅ければ熱応力などのストレスも少なく、処理後の内部応力も極少となります。

以上は焼なましのメカニズムを説明しているのですが「焼入れしたSK105で追加工が発生し、切削できればいいのでせめて30HRCくらいに軟らかくなっていればイイんだけど」という要求なら、変態点以下の加熱でも実現可能です。SK105炭素鋼であり、焼戻軟化抵抗が小さいので、焼戻温度を600℃程度にしてやれば、このくらいの硬さにはなるでしょう。この場合マルテンサイトから炭化物析出し、非常に微細なフェライト+セメンタイトの組織となって軟化します。結晶粒が微細なため焼なましほどは軟化しませんが、ちょっとした機械加工なら対応可能です。追加工終了後、再度焼入れすれば作業終了です。

加工硬化した材料では低温焼なましが有効です。加工硬化した材はマルテンサイト変態によって硬くなっているワケではなく、内部に多量の転位を有しており、これによって塑性変形を阻害されているので、複雑に絡まった転位をほぐしてやるコトができれば軟化します。再結晶という現象を利用した焼なましで、再結晶温度変態点よりかなり低温な上、加工度が高いものほど低温側にシフトするので、この温度以上に加熱してやれば元の硬さにまで軟らかくすることが可能です。

油圧配管用の銅管を曲げ加工していると、やけに硬いものに出くわしたりしますが、これは加工硬化によって硬質材が紛れ込んだためです。JIS質別記号では0→1/4H→1/2H→Hと徐々に硬くなりますが、H材などは強度の加工硬化材で手曲げではホネが折れます。そこで曲げる部分だけバーナーであぶって加工硬化をキャンセルしてやるとラクに曲げることができます。アルミニウム合金も加工硬化の度合いを購入時に質別記号で指定することになるので、思ったより硬くて塑性加工が難しくても同様の対応が可能です。

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アルミニウムを硬くする

無拡散変態生成行程であるマルテンサイト化により、組織が硬くなる金属はくらいのものです。それでは鉄鋼材料以外の金属になると、どのように硬くするのでしょうか。非鉄金属の代表格といえばアルミニウム合金ですが、よく言われるのが「比重は1/3、強度は1/3、価格は3倍」で、強度不足をどうにかしたいところです。つまり硬くするにはどうすれば良いか、というコトです。金属材料一般に適用可能な材料強化法を並べてみましょう。

第一に固溶強化が挙げられます。純金属は塑性変形能に優れており、これは言い換えれば変形し易い、つまり軟らかいということになります。そこで固溶可能な元素を合金添加すると固溶体格子歪みコットレル効果などの理由で強化されます。細かく見ると、硬化機構は金属の種類によってちょっとづつ違いますが、原子半径の違う元素が固溶して結晶を作れば、純金属のときより外力に反発するイメージは頭に描けるのではないでしょうか。市販されている金属材料は総て何らかの合金であり、固溶強化を目的とした成分比率になったものが多く存在します。

次は加工硬化です。冷間加工により転位密度が増加し、絡み合うことで転位が移動しにくくなって硬くなる、というメカニズムですが、再結晶によりキャンセルされてしまうので、一定温度以下でしか使えません。アルミニウム合金や銅合金などでは、材料購入時に加工硬化度合いを指定できます。

結晶粒微細化も強度アップに効果的です。結晶粒界転位の移動を妨げる大きな障壁となるので、結晶粒界を増やす=結晶粒を微細化するという工程は材料強化法の王道です。先の冷間加工による材料強化では、結晶粒微細化も伴っていますが、やはり熱処理による結晶粒の操作が主流となります。調質結晶粒微細化のための作業ということになります。アルミニウム合金では溶体化処理後の加熱時効による析出硬化がよく行われています。

アルミニウム合金の表面処理にアルマイト処理というものがあるのですが、これは表面硬化法として適用できます。アルマイト処理は表面に酸化皮膜を生成させ、耐食性を向上したり、処理結果として発生するポーラス (表面の細かな孔) に色素を染込ませて着色したりといった応用がされますが、膜厚を稼ぐことで耐摩耗性を与えることもできます。

非鉄金属合金ではマルテンサイト化のような‘強烈な硬さ’は得られませんが、析出硬化による強度アップや表面処理による耐疲労性耐摩耗性アップなど、に準じた処理が行われており、その多くが熱処理によって実現されています。

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