家の中

熱処理というと工業用途や自動車などの機械じみたモノに利用されているイメージがありますが、家の中で普段使っているものでも熱処理を施された製品は数多く存在します。

リビング/ダイニング

居室スペースには、そのものズバリで熱処理品といったモノは少ないでしょうが、テレビやラジオなど、内部に熱処理された部品が組込まれているであろう製品は幾つか見付けられます。ソファに使われるバネ熱処理品である可能性もありますし、エアコンの室外機のようにメカっぽいものであれば、内部の回転部分に焼入れされた軸受が使用されているでしょう。

食事の際に使うナイフフォークなどの金属食器の場合、ステンレス製であれば耐食性を保つために固溶化熱処理を行っています。

爪切りをワザワザ居間で使うかどうかは人それぞれでしょうが、とりあえずここに分類しておきます。爪切りは刃先が硬いことと、切った後に刃先が開くためのバネ性が必要です (爪切り程度のストロークであれば金属材料にとってバネ製で問題があるなんてコトはないでしょうが)。レバー部分と本体との間は押付けられながら相対運動するので、耐摩耗性も加味されます。材料としてはS55Cなどの炭素鋼にメッキしているものや、材料そのものに防錆能を持たせるためにマルテンサイト系ステンレス鋼を使用しているものがあります。いずれの材料も焼入れで性能を操作できるですね。

キッチン

台所には熱処理を施した製品が数多く存在します。おたま泡立器ザルボウルなど、防錆のためオーステナイト系ステンレス鋼を使用している製品は、防錆能力を最大限発揮させるように固溶化熱処理を行っています。水道の蛇口はのメッキ品もありますが、防錆の面から非鉄金属を使ったり、最近では樹脂製の蛇口もあります。水を「受ける」側のシンクオーステナイト系ステンレス製で、磁石が付かないのでそれと解ります。

包丁はサビに強くあって欲しい一方で、切れ味と硬さが求められます。以前は炭素工具鋼が使われていましたが、錆の問題から現在はマルテンサイト系ステンレスを使ったものが一般的です。ただし切れ味がやや劣るので、プロの料理人は今でも炭素鋼の包丁を使っています (当然錆には気を使っています)。防錆と硬さを兼ね備える材料としてセラミックスの包丁も出回っています。

とにかく台所は水回りなので、錆に気を付ける材料選定になりますね。

子供部屋

文房具として使っているハサミマルテンサイト系ステンレスです。硬さと同時に防錆の面から普通の工具鋼ではダメです。人間が触れるものは塩水である汗が付着するのですが、これは錆問題にとっては最悪の原因になります。ただし切れ味を極限まで求められるハサミとなると製のものもあります。私が小さな頃、母親の裁ちバサミで紙工作をしていて怒られたことがあるのですが、炭素鋼のハサミで紙を切ると、裁断熱で刃先が鈍ってしまい、切れ味が悪くなるためです。布は繊維密度が紙ほど高くはなく、裁断熱も小さい上、紙のようなコシがないため切れ味のいい炭素鋼の刃物が好適というワケですね。手に触れる部分はペンキを厚塗りして保護しています。

一方同じく切るための文房具であるカッターナイフは使い捨て用途であり、錆があまり問題にならないので炭素工具鋼です。そのため長い間放置しておくと、刃の部分が錆びてきます。もしステンレス製なら替刃がかなり高価なものになるでしょう。カッターナイフは刃の溝に沿った位置で曲げると溝がノッチとなって真っ直ぐに折れ、刃先が新しくなるという仕組みですが、「硬い=割れやすい」という性質を上手く生かしている点に感心します。

子供の遊ぶオモチャの中にはゼンマイ仕掛けのものもありますが、このゼンマイは炭素工具鋼の薄板をオーステンパベイナイト組織としたものも多いようです。

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工場の中

工場は熱処理品の宝庫です。工具や刃物、測定器など、硬くて丈夫であることが求められるものが多く、焼入れされたものが山のようにあります。使用される材も用途に応じて適切なものが選ばれており、バラエティに富んでいます。

手工具

ドライバーレンチなど、多くの手工具はモーメント荷重に耐える強度と、作業対象との接触で減らない耐摩耗性が要求されます。手工具の主要部分にはばね鋼がよく利用されます。もちろん熱処理された高強度の部品です。ドライバーの先端が耐摩耗性の更なるアップのため高周波焼入れされたものを見かけたりもします。スパナ六角レンチなど、直接手に触れることが多い工具では、防錆と耐摩耗性を兼ねた硬質クロムメッキが施されています。スパナを手に取ってみると、持ち手の部分に"CHROME VANADIUM"と刻印されたものが多いと思いますが、これは「クロムとバナジウムを添加した合金鋼を使ってます」ということです。

ヤスリ合金工具鋼を使った非常に硬い工具です。一方で折れやすく、先端の細くなったヤスリを折ってしまった経験は、多くの人にあるでしょう。ちなみにヤスリの焼入れでは焼割れ防止のため味噌を塗るそうです。ヤスリは細かなノッチが無数にあるワケで、焼割れの起点だらけというシロモノですから、このような工夫が必要なのでしょう。そのためヤスリメーカーの社章には味噌壷をデザインしたものが多く存在します。

ゲージ

量産の工場では、生産品の加工寸法が規定範囲内にあるかどうかをチェックするためブロックゲージリングゲージなどを使っていますが、これらは寸法の安定性が重要です。硬さの低い材料では、使っている間に摩耗してしまい、これでは誤った寸法でチェックしていることになります。また経年変化と言い、時間が経つと寸法が狂ってしまう現象が、特に精密検査用のゲージでは問題になってきます。つまり耐摩耗性があり、経年変化が少ないことが求められます。昔からゲージ鋼とも呼ばれる合金工具鋼がよく使われ、経年変化を考慮した熱処理を行っていますが、近年ではセラミックタイプのブロックゲージもあります。

測定機器

加工現場ではノギスマイクロメータなどの測定器をよく見かけます。ノギスは耐摩耗性と防錆の面からマルテンサイト系ステンレスが用いられます。マイクロメータは測定対象と接触する測定面に超硬合金チップがロー付されています。いずれも摩耗してくると測定値が狂ってくるので、高い耐摩耗性が要求されます。

切削工具

旋盤で使うバイトやフライス盤のエンドミル、ボール盤のドリルなどは摩耗と加工熱に耐えるよう、高速度工具鋼焼入品です。更に硬い超硬合金製の工具もあります。またコーティングによって更に摩耗に強くしたり、セラミックの利用も行われています。切削工具は加工熱に曝されながらも硬さが必要という、過酷な使われ方をするものなので、材料や熱処理も高級なものになってきます。

天井クレーン

大きな製品を取扱う工場では天井クレーンを使うことも多いのですが、ホイストの巻上げにはワイヤーロープを使っています。ワイヤーロープは引張強さが大きいこと、つまり硬いことが求められるため、細い硬鋼線を撚り合わせた構造となっています。つまり小型の冷間成形バネと同じような材料であり、結構硬い線でできています。使い古しのワイヤーロープの撚り線をほぐし、単線の状態で折り曲げてみると硬さを実感できます。

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オフィス

オフィス内にもハサミやカッターナイフなどの他に色々な刃物があり、工具鋼が使用されています。押切穴開パンチなどはポピュラーな事務用品でしょう。シャープペンシルゼムクリップなどのバネは、熱処理こそされていませんが冷間加工によって硬さ (弾性限) が高くなるような処理が行われています。ホチキスの場合、使用時に変形させなければならない「針」は軟鋼で、針を変形させるための部分 (クリンチャと呼ぶらしい) は焼入れされています。

オフィスで使う椅子や引出しにはキャスターが付いていて移動可能になっていますが、この回転部分にも軸受鋼焼入品が使用されています。

ボールペンのペン先に使うボールは、工具鋼よりも硬い超硬合金球が使われています。硬さもさることながら、球体としての精度が非常に厳しく管理されています。ボールペンにとっては先端のボールが正しく回転することが「書ける」「書けない」のキモとなるので、精度に関してはかなり気を使う部分であり、また長い間書けるようにするためにはその精度を長期間維持しなければならず、耐摩耗性もハンパないものが必要だというコトです。最近では更に硬いセラミックボールを使ったモノまであるようです。

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街に出る

街中には「熱処理された機械部品」というものが少ないようにも感じますが、注意深く見てみると結構色々なものが見つかります。そもそも移動手段として使うクルマや電車などはモロ機械で、焼入れされた部品が数多く使われています。またお店で売っている多くの‘量産品’である商品は焼入れされた金型で大量生産されており、ここにも熱処理の恩恵が見て取れます。

自動車で出かける

クルマのボディは基本的に軟鋼で、外観部品でもあるのでプレス成形時の加工じわ (ストレッチャーストレーン) があってはなりません。最近のデザインではかなり深く絞っていることが推測されるモノもありますが、カッコ良く見せるために材料や熱処理、成形型を工夫して今のデザインを実現しています。ボディ内部で車体強度を担っている部分は、加工熱処理を併用したハイテンを使用するのが流行っていて、車体の強さをウリにしているコマーシャルも数多くありました。自動車屋さんのホームページを見ても、「○○MPa級ハイテンの使用により、ボディ剛性を大幅に改善」などの謳い文句がよく出てきます。

動力源であるエンジンは、強度のみならず、ガソリンの燃焼温度に耐える耐熱性も必要になります。まぁ、鉄が溶けちゃうほどの温度になることはないのですが、排気弁周りなんかは熱的にカコクであることが問題になる場合があります。熱くなる機械でありながら滑らかに動かなければならないということで潤滑が重要であり、オイルを強制的に循環させていますが、材質そのものにも耐摩耗性が必要で、多くの自動車でシリンダブロックやピストンリングには鋳鉄を使用しています。

エンジンの動力を伝達するトランスミッションは歯車が多用されていますが、構造用鋼焼入れして使用しています。調質するだけでなく歯先を高周波焼入れすると、耐摩耗の面で有利です。更に進んで伝達軸であるプロペラシャフトも焼入れで強靭化したを使用し、一部のスポーツカーではカーボン素材を使っているものさえあります。動力伝達部は重量が大きいほどパワーロスやレスポンスの悪化に繋がるので、できるだけ軽くしたいワケです。デファレンシャルギアで左右に動力を伝えた先にあるホイールはサスペンション機構で支えられていますが、自家用車に多いショックアブソーバは油圧とバネの組合せによるもので、このバネはばね鋼焼入品です。トラックなどに多い板バネも同じくばね鋼でできています。

自動車には多くの熱処理技術が盛込まれています。ココで紹介したもの以外にも様々な部品に焼入れを始めとする熱処理が利用されているので、自分で調べてみるのもいいでしょう。自動車に適用される熱処理の多くは軽量化を目的としています。同じ強度なら軽いほうが性能面で有利だからです。

電車に乗る

電車好きの人は自らを‘鉄道ファン’とか‘鉄道マニア’とか呼んでいますが、好きなのは‘鉄道’の上を走る電車であり、レールが好きなワケではないのでしょうね。「鉄 (レール) の道」を敷設するのはアスファルトで固めた道を作るよりは、ある意味手軽です。ただし運用中のメインテナンスが重要で、恐ろしく手入れが行き届いたレールの上を走れば時速200kmとか300kmとかのスピードで大量のヒトや荷物を運べるようになります。鉄のレール上を鉄の車輪で走るのですから摩耗するのは目に見えていて、いかにも熱処理されていそうですが、車輪が常にレールに接しているのに対し、レールの方から見ればたまに車輪が通過するだけですので、カーブなどの横Gが厳しい部分を除き焼入れまでされたレールというものは滅多にないそうです。

レトロな電車だとカラフルな色が目を引くものも多いのですが、これは防錆のために表面をペンキで厚塗りする必要があるためです。屋外で使用することが前提なので、サビに気を使うのは当然ですが、このペンキの重量がバカにならず、塗替えのコストなども掛かるため、現在ではステンレスボディの車両も多く見掛けます。また電車や飛行機などの交通機関ではトイレがステンレス製なのも陶器より重量面で有利だからです。ステンレス鋼は高価な合金元素を必要とする上、防錆能力を保持するために固溶化熱処理が必要だったり、錆びにくさを実現する不動態膜のおかげで溶接が難しかったりで初期コストは高いのですが、運用面ではランニングコストを抑えることが期待できます。更なる重量抑制のためアルミニウム合金製の車両もあり、ここまで来るとまるで飛行機が地上を走っているみたいですね。

飛行機で遠出

飛行機は「軽い」コトと「強い」コトを同時に要求されるキカイで、しかも飛行中のトラブルは非常に限られた範囲内でしか修復できないので、強度とか硬さなどといった本質的な機械的性質もさることながら、「壊れにくさ」や「過去の事故実例」などの信頼性が非常に重要視されます。航空機部品を加工する工場ともなると、大変厳しい規格審査をパスしなければなりません。各工程で‘縛り’が多いのも当然であり、作業記録も厳重に保管されます。部品として完成した後も、保管、取付け、運用などの場面で、身近な機械部品とは比べ物にならない管理が行われています。

そんな飛行機に多く使われるのはジュラルミンを始めとしたアルミニウム合金です。鉄鋼材料よりも軽く、航空機部品材料として求められる「軽さ」を得るにはうってつけの材料です。ただし耐熱性や強度面においては少々難があるので、そのようなシーンではインコネルやチタン合金の出番となります。ここで登場する非鉄金属合金の強化方法は総て析出硬化処理となります。このように見るとの‘焼入れ’という材料強化処理が低コスト部品にとっていかに重要かが理解できるのではないでしょうか。とは言っても焼入れが技術的に低位な処理であると言いたいのではありません。固溶化熱処理析出硬化による材料強化法でも、焼入焼戻しによる強化方法でも、作業内容はそれほど大差なく、廉価な材料であるを適切に熱処理することで、必要な機械的性質を得られることの有難さを強調したいのです。技術者たるもの、考えられる範囲内において、より低コストで最大限の性能を与えた製品を世にリリースしたいものです。

パチンコにも熱処理

街のあちこちにあるパチンコ屋さんも熱処理ユーザーのひとつです。パチンコ玉は釘に当って跳ね返り、あちらこちらへとピョンピョン飛び回るのですが、ただの鉄球では跳ね返りが小さく、盤面はもっと地味なイメージになるでしょう。実はパチンコ玉は浸炭焼入れによって表面を硬くしてあります。硬いことで衝突時の変形を抑える意味もありますが、硬いほどよく弾み、玉の動きが賑やかになるのです。浸炭焼入れはコストのかかる熱処理で、その上メッキまでしてあるのですから、パチンコ玉が持出し禁止なのも理解できますよね。ショア硬さ試験機でも「硬いほどよく反発する」という性質を利用しており、ハンマーの跳ね返り高さによって硬さを測定しています。

学校といえば給食

こんなタイトルを掲げると‘食いしん坊’のレッテルを貼られそうですが、学校生活における最大の楽しみである給食にも熱処理は貢献しています。食品は塩と水の大軍団で、これを受止める容器にとっては最悪の内容物です。普通の鉄では錆びてしまうので当然ステンレス鋼が使用され、防錆能力を高めるために固溶化熱処理が行われます。これらを運搬するコンテナもステンレスなのですが、接合部のリベットは加工後の固溶化熱処理が困難なためオーステナイト系ステンレス鋼を使用できず、コンテナはリベット部分から腐食します。配膳に使うお玉やトングもオーステナイト系ステンレス固溶化熱処理品です。

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身の回りの物の硬さ

HRC用途例
75超硬
工具
74
73
72
71
70
69
68
67
66ヤスリ高速度
工具
65
64カッター
ナイフ
63ドリルボール
ベアリング
62プレス
金型
61
60
59
58
57
56
55ノコギリパイプ
レンチ
54六角
レンチ
53プラスチック
金型
·
ダイカスト
金型
52ハサミ
51
50ペンチ
·
ニッパ
49ドライバ
48
47
46スパナスケール
45
44
43コイル
バネ
42
41
40
39
38
37
36

よく目にするものがどれくらいの硬さなのかを知ることで、似たような用途に使う部品の熱処理後の硬さを設定する際の参考になるのではないでしょうか。と、いうワケで、ここでは自分の興味の範囲で知ることができた色々な「硬さ」を列記してみます。ただし、適用硬さの範囲は、その適応例におけるごく一般的な硬さだったり、自分が知り得た範囲内だったりで、必ずしもこの硬さになっているということを示すものではありません。

このように見てみると産業用途ほど硬く、民生品ではやや軟らかい傾向のようです。工具鋼を使用する刃物では「欠けたら捨ててしまう」というモノでは硬く、「研ぎ直して使う」モノは軟らかめですね。ばね鋼では、バネとして使う場合は40HRC程度、手工具として使う場合は50HRC程度でしょうか。

超硬工具は成分によって硬さをかなり幅広く設定できるので、刃こぼれによるロスが大きいものほど軟らかくします (とは言っても工具鋼より遥かに硬いのですが)。スローアウェイチップなどの「欠けたら取替える」タイプでは75HRCより硬いものもあります。この表をはみ出してますね。超硬合金の次に硬いのが切削工具の類で、材質としてはSKSKSSKHなどです。ボールベアリングも60HRCクラスで、SUJ焼入品です。このレベルの硬さを実現できる工具鋼には多くの種類があるのですが、使用温度や摩耗形態、製品サイズ、靭性などによって使い分けます。SKは小物、薄物で切れ味を求められるシーンに適しています。SKSは低負荷の刃物で焼入性が必要なもの、SKHは高負荷切削向きです。

50HRCクラスでは手工具や木工工具、測定器などが並びます。手工具は耐摩耗性に加えある程度のバネ性が必要なので、大きなトルクを受ける工具ほどバネの硬さに近くなるようです。材質としてはSUPの守備範囲になります。サイズによって焼入性が必要な場合はSUP10などの合金鋼が使われ、小物であればSUP3などの炭素鋼でOKです。測定器の硬さを測ってみて意外だったのは、ノギスが40HRC以下で結構軟らかいということでした。もっと丁寧に扱って、なるべく擦り減らないように使いたいと思います。

金型ではプレス型ほど硬さに対する要求が厳しくないプラスチック成形金型や、アルミニウムなどの低融点金属に使うダイキャスト金型なども45〜50HRC程度で作られる場合が多いようです。金型の仕上りがそのまま製品の出来栄えに転写されるのですから、高い寸法精度と美しい表面精度が必要で、仕上加工工程が重要になり、その意味でも硬過ぎては切削や磨きが大変です。

更に軟らかく40HRCクラスはバネやゼンマイなどの領域です。耐疲労性は45HRC程度までなら硬いほど高く、それを超えると逆に耐疲労性が低くなってしまいますので、バネのような繰返し荷重を負担する部品では40〜45HRC硬さが目安となります。硬ささえこの範囲になれば良いので、熱処理に限らず、加工硬化などで硬くしても構いません。ノック式ボールペンのバネのような小さなものは加工硬化線を使用しています。大型バネのように焼入焼戻しでこのような硬さを得るには500℃以下の中途半端な温度帯を使う焼戻しとなるので、靭性面で不安が残るような気もしますが、バネは弾性限度内で使うように設計されるので問題ないワケです。

40HRC以下は構造用鋼調質した硬さの範囲になってきます。耐摩耗用途ではなく、強靭性を目的として「硬さ」を必要とする範囲です。焼入れで得られたマルテンサイト組織を焼戻しによってソルバイト化し、パーライト組織よりも結晶粒の細かい状態にすることで、適度な硬さ (=引張強さ) と粘り強さを与え、丈夫な機械要素とすることを目的とした熱処理を行います。とは言っても硬いほど摩耗に強く加工しにくいので、仕上加工のある製品では軟らかいほうが後工程で歓迎されます。製品性能と加工工数とのせめぎ合いになりますね。工業製品である以上、加工工程で工数が掛かることにより製品単価が押上げられてしまうのは考えものですから。

この表には現れませんが、土木工事で破砕機などに使う工具をハッドフィールド鋼で作った場合、熱処理 (水靭) 後はオーステナイト組織で軟らかいのですが、打撃によって表面がマルテンサイト化して硬くなるという面白い使われ方をする材もあります。硬い部分が擦り減ってきても次から次に硬い部分が現れて、しかも内部は粘っこい状態を保つことで持ちを良くするというシナリオです。

もし硬さ試験機を持っているなら、気になったモノの硬さを調べてみて下さい。新たな発見があるかもしれません。

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宝石の硬さを利用する

金属以上に硬いものとして超硬合金やセラミックはポピュラーなモノですが、宝石を使う場合があります。宝石というとサファイアやルビー、エメラルドなど、色鮮やかできれいな宝飾品のイメージですが、色が悪かったり、キズがあったりで商品にならないものが工業用途に利用されるケースもあります。世の中でもっとも硬いダイアモンドは、宝石の王様であると同時に、頼りになる工具でもあるのです。

硬ければイイのなら、わざわざ宝石なんか使わなくても、工具などに使用できる鉱石は他にもありそうですが、宝石であれば採掘される機会も多く、見た目にも目立つため選鉱が容易で、結構入手しやすい材料なのです。しかも宝飾分野では商品価値のないクズとして扱われるものがあり、それを回してもらえば自分で掘りに行かなくても入手できます。宝飾品人気にあやかって合成品を作る研究も進んでおり、人工ルビーのレコード針を使ったことがあるご年配の方もいらっしゃるでしょう。

そんな宝石の中で最も工業分野における利用価値の高いものがダイアモンドです。粒の状態で先端工具として利用するガラス切りや、研削砥石の目立てに使うダイアモンドドレッサ、硬さ試験機の圧子もダイアモンドです。もう少し細かく粉状になったダイアモンドを表面にまぶしたダイアモンドヤスリや、円盤状の刃先に粉末ダイアを電着させたカッターなどもあります。年度末によく遭遇する道路工事で、アスファルトを切っているのを見ると「何カラット使ってるのかなぁ」なんて想像したりします。さらに細かくダイアモンドの微粉末で磨くダイアモンドペーストは、工具鋼の研磨に使われています。

機械式時計の軸受にルビーを使うなんて話も聞いたことがあります (残念ながら実物を見たことはありません)。機械式の腕時計や懐中時計は非常に複雑かつ精巧な部品がひしめき合って組立てられます。動力はゼンマイなので、弱い力でもスムーズに動かなければなりません。つまりメカロスを極限まで小さくする必要があり軸受部分に気を使うのですが、接触面積そのものを小さくして摩擦を減らすように、先の尖った軸を、へこんだ面を持つ軸受で両端から支える仕組みになっています。この構成だと金属の針を当てられた状態で回転を支えなければならず摩耗に強くなければならないのですが、ここに硬いルビーを使うということです。高級時計が宝石屋さんで売られているのも頷けますね。

宝石は硬いから工業にも利用していたのですが、コストや入手性に難があり、宝石以外の「硬い」ものを探すことも当然ながら行われてきました。ダイアモンドに次ぐ硬さを持つ物質として開発されたCBN (キュービックボロンナイトライド:等軸晶系窒化ホウ素) は研削砥粒などに利用されています。CBNは構成元素こそダイアモンドとは違うものの、ダイアモンド結合を持つ物質で、周期律表を見るとB (ホウ素) とN (窒素) はC (炭素) の前後に位置する元素なので、結合方法が同様ならダイアモンド並みに硬いのも納得できます。CBN砥石は焼入処理された高合金工具鋼など、研削性の悪い材を研削する工具として、工場の中でよく見られます。

炭化珪素も硬く、周期律表で見るとCの左右に並んだBとNでCBNが出来上がるのに対し、Cとその直下にあるSi (珪素) とで成立っているSiCも硬いことが想像しやすいでしょう。工業分野ではカーボランダムという商品名で呼ばれるのが一般的で、GC砥石として工具鋼研削で利用されます。カーボランダムに次ぐ硬さを持つ物質としてよく知られているアルミナ (酸化アルミニウム) は研削砥粒や研摩剤として一般に利用されていますが、天然産出のアルミナはコランダムと呼ばれ、美しい色を発する場合はルビーやサファイアといった宝石として扱われます。

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